健康ライフ
2021.11.12

花を見るだけでストレス軽減

~植物の力を借りて健康に!~
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花を見るだけでストレス軽減

山登りやハイキングなどで「自然の中で癒やされた」という経験がある人は多いでしょう。しかし、コロナ禍で外出が難しくなり、自然に触れる機会が減っている人もいるのではないでしょうか。最近の研究では、遠出をしなくても、身近な植物に触れることでリラックス効果が得られることが分かっています。日常生活に自然を取り入れて心身の健康を保つ方法について、千葉大学環境健康フィールド科学センターの宮崎良文グランドフェローに伺いました。

人間の体は本来、
自然対応用にできている

人類は600~700万年にわたって、自然の中で暮らしてきました。仮に、産業革命以降を「都市化」「人工化」の時代と考えると、人類が都市で暮らしてきた期間はわずか200〜300年です。人類は歴史上のほとんどを自然環境下で過ごしてきたことになります。

また、私たちの遺伝子は、200~300年という短い期間では、変化することができません。つまり、現代人は、自然の中で暮らすことに対応した体を持ちながら、人工的な環境の中で生活していることになります。この人工環境との摩擦によって、ストレス状態に陥るのです。

さらに、1984年に「テクノストレス」という言葉が生まれたことからも分かるように、ここ40年ほどの急激な情報技術の進展によって「第2の人工化」が進み、新たな強いストレスを生み出してきました。そして、直近の2年ほどは、新型コロナウイルスの影響によって行動範囲を制限され、多くの人がさらなるストレス状態に陥っています。こうした中で、自然に触れることの効果が改めて注目されています。

自然に触れることで
体が最適な状態に整う

近年、自律神経や脳の活動を計測する生理的測定法の進歩により、多数の科学的データが蓄積されるようになりました。そして、「自然に触れると安らぐ」と私たちが経験的に感じてきたことが、科学的視点からも実証されはじめています。

「自然に触れる」というと、森林浴などを思い浮かべる人も多いと思います。実際、森の中を15分間歩き、その前後で血圧を測定する実験では、元の血圧が高い人は森を歩いた後に血圧が下がり、元の血圧が低い人は血圧が上がるという結果が出ました。この実験の対象者が都市を15分歩いても、こうした血圧の変化は見られませんでした。

自然には、その人の体の状態を最適な状態にする「生体調整効果」があります。人間の体が自然に対応するようにできているために、五感を通して植物からの刺激を得ることによって自動的に生体調整効果がもたらされると考えられます。

自然の効果は、遠くの森林まで出かけなくても、バラやパンジーなどの花でも得られます。バラの花を見たり、香りを嗅いだりすることによって、リラックス時に高まる副交感神経の活動が活発になり、脳の活動が鎮静化することが分かりました。観葉植物を見た場合でも同様にリラックス効果が確認されました。

自然の持つ癒やしの力は、健康な人にとっても効果的ですが、日常的に高いストレス状態にある人にこそ大きな効果があることが分かりました。これまでの研究で、脊髄(せきずい)損傷者、高齢のリハビリ患者、軽度のうつ病患者などを対象に実験したところ、健康な人以上に、大きなストレス改善効果が見られました。

自然の力で病気を治すことはできませんが、病気になりにくい体づくりには効果的だといえます。自然に触れることによってストレスが緩和されると、ストレスによって抑制されている免疫機能が改善し、予防医学的効果がもたらされると考えています。

日常生活に取り入れられる
身近な自然の癒やし

このような自然の力を、日常のストレスケアに活かすことをおすすめします。身近な範囲で触れられる自然もたくさんあります。例えば、ベランダで家庭菜園や園芸を始めれば、いつでも土に触れることができます。木製の家具に触れるのも効果があります。

また、テレビの画面に森林の映像を映したり、森の中で聞こえるような小川のせせらぎ音を流したりするだけでも、リラックス効果を得られることを実験で確認しています。この場合、まるで本当に自然の中にいるかのような「臨場感」があることがポイントです。

身近な環境に自然を取り入れるときは、前述したような科学的根拠やデータを参考にしつつ、自分が好きだと感じるもの、快適だと感じるものを選ぶことが大切です。好きだと感じられる自然ほど、大きな効果が期待できます。以下の表を参考に、いろいろな自然を試してみてください。

■私たちの身の回りにあるさまざまな自然 私たちの身の回りにあるさまざまな自然

自分に合う自然を見つけるポイントは、同調(シンクロ)するかどうかです。自分が快適だと感じるとき、その相手やその雰囲気と同調しているような感覚を得ていると思います。自然に対しても、人間と環境のリズムが同調したときに快適性が生まれます。「その自然と一体化しているかのような感覚を得られるかどうか」を選ぶ目安にすると良いでしょう。

また、快適性には「受動的快適性」と「能動的快適性」があります。暑さ、寒さなどの不快な刺激を取り除く目的での「受動的快適性」は、現代社会ではほぼ満たされるようになりました。今は、五感を介した刺激によって、プラスアルファの快適性を得る「能動的快適性」が求められています。

能動的快適性は、個人差が大きいことが特徴です。例えば、「ラベンダーの香りはリラックスできる」という情報があっても、ラベンダーの香りが嫌いな人はリラックスできないでしょう。情報はあくまで一つのきっかけとして、「自分はこの香りを嗅ぐとリラックスできる」という香りを自ら積極的に探し、試し、見つける行動にこそ、快適性を得る道があるのです。

ぜひ、楽しみながら自分の好きな自然を探し、ストレス改善など心身の健康に役立ててください。

宮崎 良文 千葉大学環境健康フィールド科学センターグランドフェロー

医学博士。東京農工大学修士課程(環境保護学)修了。東京医科歯科大学医学部助手、森林総合研究所生理活性チーム長を経て、千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長。2019年より現職。2000年、「木材と森林浴の快適性増進効果の解明」に対して農林水産大臣賞受賞。2006年、日本生理人類学会賞受賞。著書に『Shinrin-Yoku(森林浴): 心と体を癒す自然セラピー』(創元社)、『自然セラピーの科学―予防医学的効果の検証と解明―』(朝倉書店)などがある。

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