知っておきたい病気・医療
2023.11.10

新しいがん治療「ホウ素中性子捕捉療法」とは?

~放射線を使ってがん細胞を選択的に破壊~
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がん細胞を選択的に破壊することができる新しい放射線治療「ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)」が、2020年から保険適用となっています。ホウ素と中性子の反応によってがんを破壊するもので、従来の放射線治療と比べて正常な細胞への影響が少なく、これまで治療の難しかったがんにも効果が期待できます。注目の集まるBNCTについて、南東北BNCT研究センター診療所長の廣瀬勝己先生に伺いました。

ホウ素と中性子の反応で
がん細胞を選択的に破壊

BNCTは、ホウ素と中性子による反応を利用してがん細胞を破壊する放射線治療の一つです。これまでも、がんの標準治療として、手術と化学療法(抗がん剤)に加えて放射線治療が行われてきました。しかし、従来の放射線治療ではがんの周囲にも放射線が当たってしまうため、正常な細胞にも影響がありました。その影響の大きさから、一度放射線治療を受けると同じ部位にもう一度放射線を当てて完治を目指すことが困難でした。放射線を複数回当てると正常細胞へのダメージが大きく、生活の質(QOL)を下げてしまうおそれがあるからです。

一方、BNCTの場合は、ホウ素の薬剤をがん細胞に集中して取り込ませることで、がん細胞で選択的に反応が起こるようにしています。周囲の正常細胞への影響を抑えることができるため、がんの部位にもよりますが、一度BNCTを行った後に再度BNCTを行うことも可能です。

少し難しい話になりますが、BNCTの仕組みを説明します。ホウ素は以前まではうがい薬や目の洗浄剤などにも使用されていた物質、中性子は原子核を構成する粒子の一つであり、BNCTに使用するホウ素の薬剤や中性子は、それぞれ単独では体に大きな害を与えるものではありません。BNCTでは、まずホウ素を含んだ薬剤を点滴して、がん細胞にホウ素を大量に取り込ませます。がん細胞にホウ素が取り込まれた状態でがんの部位に中性子を当てると、ホウ素と中性子が反応してα線(放射線の一種)とリチウム粒子が発生し、α線とリチウム粒子のエネルギーによってがん細胞が破壊されます。発生したα線とリチウム粒子のエネルギーは細胞1つ分ぐらいの範囲にしか届かないため、周囲の正常細胞にはダメージが及ばず、がん細胞が選択的に破壊されるという仕組みです。

BNCTの仕組み

従来の治療が効かなくても
BNCTが新たな選択肢に

現在、BNCTが保険適用となっているのは、「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がん(鼻、口、喉などにできるがん)」です。がんが見つかった場合、最初に検討されるのは従来の標準治療である手術、化学療法、放射線治療で、これらの治療が難しい場合や効かない場合にBNCTが選択肢となります。

* 保険適用となっているのは上皮系の悪性腫瘍のみ

頭頸部がんの場合、手術でがんを切除しようとすると、話す、食べるといった重要な機能が損なわれたり見た目に影響が出たりと、がんの場所次第ではQOLが大きく低下してしまう場合があります。そのため手術ができない、手術をしたくないというケースがあります。BNCTの場合、機能や見た目を温存したままがんを治療できることもメリットの一つです。

BNCTで治療可能ながんのサイズはがんの部位ごとに異なります。がんが広範囲に広がっている場合や遠隔転移(離れた臓器へのがんの転移)がある場合は、BNCTが難しいため、BNCTを実施する前にがんの場所や大きさ、広がりを精査します。また少数ですが、がんにホウ素の薬剤が取り込まれないケースもあるため、事前に18F-FBPA-PET/CT**という画像検査を実施し、薬剤が取り込まれるかどうかを確認します。

** 薬事未承認の検査であり、臨床研究として実施

治療当日は、まずホウ素の薬剤を点滴します。2時間経ったら血液検査を行い、血液中の薬剤の濃度を測定するとともに点滴された薬剤の量も測定したうえで、中性子の適切な照射量を判断します。薬剤の点滴は、照射が始まった後も継続されます。中性子の照射時間はがんの場所などによって異なり、多くの場合は1時間以内ですが、30〜40分で終わる人もいれば90分近くかかる人もいます。治療が終わった後は1週間ほど入院して、経過観察や副作用の治療を行います。

BNCTはがん細胞を選択的に破壊する仕組みであるため、「BNCTは副作用が少ない」と言われることがあります。確かに従来の放射線治療と比較すると、BNCTは正常な組織への影響が小さいのですが、がんは手強い病気であり患者さんが耐えられる範囲で可能な限り強力な治療を行うため、副作用を完全になくせるわけではありません。前述の通り、BNCTで使用するホウ素の薬剤はがん細胞に多く取り込まれるため、がん細胞を狙った治療が可能ですが、粘膜など、一部の正常な細胞もこの薬剤を取り込んでしまうため、ホウ素と中性子の反応が起こり副作用が出ることがあります。頭頸部がんに対するBNCTで比較的多く生じる副作用としては、脱毛、口内炎、吐き気や食欲の低下、味覚異常などがあります。

他のがんへの拡大や
医療機関の増加に期待

南東北BNCT研究センターのデータでは、BNCTによって4〜5割の人でがんが消失し、がんが小さくなった人も含めると7割以上の人に効果が出ています。1回のBNCTでがんが消失しなかった場合も、もう1回BNCTを実施することで治る可能性が高いと判断されれば、2回目のBNCTを検討します。また、BNCTでがんが小さくなったことで、手術で切除できるようになるケースもあります。

現在BNCTは頭頸部がんに対してのみ保険適用となっていますが、今後、他のがんも対象になることが期待されます。中性子は体内の深いところには届かないため、BNCTは体の表面に近いところにできるがんに向いている治療と言えます。これまで悪性神経膠腫(脳腫瘍の一種)、皮膚血管肉腫(皮膚にできる腫瘍の一種)、乳がんに対して臨床試験が実施されており、これらのがんにもBNCTの効果が認められて保険適用となれば、従来の治療では難しかったがんを治療できるようになるかもしれません。

2023年10月の時点では、BNCTが受けられるのは南東北BNCT研究センターと大阪医科薬科大学関西BNCT共同医療センターの2施設のみです。BNCTを実施するためには、中性子を発生させるための大規模な設備の導入とメンテナンスが必要になることもあり、まだ十分に普及していない状態です。今後、適応の拡大とともに、BNCTが受けられる医療機関の増加も望まれます。

廣瀬 勝己 南東北BNCT研究センター診療所長

2004年上智大学理工学部卒業。2009年弘前大学医学部医学科卒業、2013年弘前大学大学院医学研究科修了、弘前大学大学院医学研究科放射線科学講座助教。2015年南東北BNCT研究センター入職、2016年より現職。2020年より弘前大学大学院医学研究科招聘准教授も務める。日本医学放射線学会放射線治療専門医、日本放射線腫瘍学会放射線治療専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本中性子捕捉療法学会認定医。

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