知っておきたい病気・医療
2023.09.08

“隠れ糖尿病”にご用心!

~血糖値スパイクを防ごう~
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「健康診断で調べた空腹時血糖値は正常値だから安心」。そんなふうに思っていませんか? 実は食後の血糖値が急上昇し、その後急降下する「血糖値スパイク」が隠れているかもしれません。血糖値の乱高下はなぜ起こるのか、どんなリスクがあるのか。また、予防のためにはどうすればよいのか、慶応義塾大学予防医療センター 特任教授の伊藤 裕先生に伺いました。

日常的に変動する血糖値
問題は食前・食後の「幅」

私たちが食事で摂取する米やパン、麺類、あるいは果物やスイーツなどに多く含まれる炭水化物(糖質)は、体内で消化吸収されるとブドウ糖(グルコース)に変わり、血液中に入ります。この血液中に含まれるブドウ糖の濃度のことを「血糖値」と言います。

食後に血糖値が上昇すると、膵臓(すいぞう)から「インスリン」というホルモンが分泌されます。インスリンには血液中のブドウ糖を細胞に取り込み、血糖値を下げる働きがあります。また、余分なブドウ糖をグリコーゲンや中性脂肪に変え、肝臓や筋肉、脂肪組織に蓄える働きもあります。

グリコーゲンは空腹時や運動時など必要に応じてブドウ糖に分解され、エネルギーとして使われます。こうした体のしくみによって、食後に上昇した血糖値がまた食前の値へと戻っていきます。

血糖値は食前・食後だけでなく、食事の内容や量、運動、ストレスなどによっても変動します。血糖値の変動自体は体の自然な働きによるものですが、「変動の幅」が大きすぎる場合は注意が必要です。空腹時の血糖値は正常であるにもかかわらず、食後に急上昇・急降下する現象は、一般的に「血糖値スパイク」と言われています。

血糖値スパイクは
こうして起こる

血糖値の急上昇が起こる主な原因として次の2つが考えられます。

1. 摂取する食品と食べるスピードの問題

食品に含まれる糖質の吸収の度合いを示す指標を「GI値(Glycemic Index=グリセミックインデックス)」といい、GI値の高い食品を多く摂取すると、誰でも血糖値が急上昇しやすくなります。血糖値の急上昇を抑えるためにはGI値の低い食品を取るようにすることが大切です。具体的な食品については後述します。

また、食べるスピードが速いと一気に大量の糖質が体に入り、血糖値が急上昇する原因になります。

2. 腸の働きの問題

食後にブドウ糖が吸収されるスピードや、インスリンが分泌されるタイミングには個人差があり、その背景には個々人が持っている腸内細菌や腸の働きが影響していると考えられています。ブドウ糖が吸収された後、インスリンの分泌が遅れると、その間に血糖値が上昇していきます。

血糖値の急上昇を抑えるためには、いかに早くインスリンを分泌させるかということが大切になります。そのインスリンの分泌を促すのが、腸管から分泌される「インクレチン」というホルモンです。腸がしっかり働いていると、体内にブドウ糖が入ってきたことをすばやく感知し、インクレチンが分泌され、すみやかにインスリンの分泌を促すことができますが、腸の働きが悪いとインスリンの分泌が遅くなり、血糖値が上がりやすくなります。

また、インスリンの分泌が遅れると、上昇した血糖値を下げようとするインスリンの量が相対的に多くなります。その結果、時間がたつと今度は血糖値が下がりすぎることになります。つまり、血糖値が上がりやすい人ほどインスリンの分泌が多くなり、血糖値の急降下も起こりやすくなります。これが血糖値スパイクのメカニズムと考えられます。

また、インスリンの働きが悪くなる「インスリン抵抗性」があると、慢性的に血糖値が下がりにくくなり、糖尿病を引き起こす要因になると言われています。特に肥満気味でインスリン抵抗性があると、がんの発生リスクも高くなると考えられています。

血糖値スパイクが招く
健康上のリスクとは

血糖値スパイクを繰り返していると、長期的には次のような体への悪影響が考えられます。

  • 血管が損傷し、動脈硬化が進行
    心筋梗塞や脳梗塞、大動脈(りゅう)といった病気のリスクが高まります。
  • 自律神経の乱れ
    血糖値の急上昇・乱高下に自律神経が対応しようとすることで、自律神経の働きがオーバーワーク状態になります。そうなると、交感神経と副交感神経の切り替わりがうまくいかなくなる可能性があります。
  • 隠れ糖尿病のリスク
    血糖値スパイクがあっても、空腹時の血糖値は正常値であることが多いため、健康診断の血液検査だけでは分からないケースも少なくありません。よって、過去1~2カ月間の血糖値の平均を示す「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」は1つの重要な目安となります。

日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン」ではHbA1cの数値が6.5%以上であることが糖尿病の診断基準の1つとされており、HbA1c5.6%以上は「境界型」と呼ばれる糖尿病予備軍に該当します。HbA1c5.5%以下であれば血糖のコントロールがうまくいっていると考えられますが、5.6%を超える場合は食後高血糖の可能性が高く、いわゆる“隠れ糖尿病”に近い状態と言えます。「糖尿病ではないから大丈夫」と安心せず、血糖値スパイクを起こさないよう生活を改善することが大切です。

なお、血糖値スパイクを自覚症状として感じることは難しいものですが、食後に強い眠気やだるさを感じたりする場合は、血糖値が急上昇している可能性があります。

低GI値食品やベジファースト
食生活改善のポイント

血糖値スパイクを防ぐためにぜひ見直したいのが食生活です。大きなポイントは次の通りです。

  • GI値の低い食品を選ぶ
    GI値の高い食品は血糖値を上げやすく、反対にGI値の低い食品は血糖値の急上昇を抑える効果が期待できます。一般的に、菓子類や「精製した白い炭水化物」はGI値が高く、食物繊維の豊富な食品(野菜やきのこ類など)はGI値が低い傾向にあります。
  • GI値が高い主な炭水化物と低い炭水化物
    GI値が高い主な炭水化物と低い炭水化物
  • 食物繊維の多い料理や食品を1品プラスする
    食物繊維は、腸内環境を整えてインスリンの働きをよくするためにも積極的に取りたい栄養素の1つです。普段の食事に、煮豆や納豆、きんぴらごぼうといった食品を1品プラスするだけでも、不足しがちな食物繊維を補うことができます。特に朝食で食物繊維を取ると、朝食時だけでなく、昼食、夕食の血糖値の上昇を抑える効果があります。
  • ダラダラ食いをやめる
    ゆっくり食べることがおすすめですが、次の食事との時間の間隔を空けることも大切です。胃腸の負担を軽減するためにもだらだら食べ続けることや、間食は控えるなどして、内臓を休ませましょう。日中の間食が多いと、血糖値が下がりきらないうちに次の食事を取ることになり、血糖値の高い状態が続きやすくなります。

    ただし、極度な空腹状態で食事を取ると血糖値が急上昇しやすくなるので、あまりにもおなかが空いている時は、食物繊維の多い食品などで間食を取るのも1つの方法です。
  • 野菜から食べ始める
    食事の際、血糖値の上がりやすい炭水化物から食べるのではなく、食物繊維を多く含む野菜を先に食べることで、血糖値の急上昇を抑えることができます。
  • よくかんでゆっくり食べる
    一口、一口、よくかんで、時間をかけて食べると炭水化物が腸に吸収されるスピードも緩やかになり、血糖値の急上昇の抑制につながります。

有酸素運動と筋トレを
定期的に続けよう

定期的な運動も血糖値スパイクを予防する上で有効です。できれば有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせて行うとよいでしょう。それぞれ次のような効果が期待できます。

  • 有酸素運動
    内臓の脂肪細胞が小さくなり、インスリンの働きを妨げる物質の分泌を抑える
  • 筋力トレーニング
    筋肉に蓄えられた糖がエネルギーとして利用され、インスリンの働きが良くなり、血糖コントロールが改善する

大事なのは、「少しでもいいから続ける」ということです。例えば「毎日は無理だから、週に1回ジムに通う」という目標を立てて継続するだけでも、定期的な運動として十分に効果が期待できます。

なお、日本糖尿病学会の「糖尿病治療ガイド2022-2023」では、「運動を実施するタイミングは、生活の中で実施可能な時間であればいつ運動をしても問題ないが、特に食事の1時間後に行うと食後の高血糖状態が改善される」とあります。ただし、激しい運動を行うと逆に低血糖の状態を引き起こす可能性もあるので、散歩など軽めの運動にとどめておいたほうがよいでしょう。

血糖値の変動には季節性もあると言われており、秋から冬にかけて高くなる傾向にあります。また、これからは食べ物もおいしい季節です。楽しみながら、「血糖値を上げない」意識を持つことをおすすめします。

近年は糖尿病の治療薬も進化し、血糖のコントロールがスムーズにできるようになってきています。「自分は隠れ糖尿病かも?」と気になるようであれば放置せず、早めに医療機関を受診することを心がけましょう。

伊藤 裕 慶応義塾大学予防医療センター 特任教授

1983年、京都大学医学部卒業。1989年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。米国ハーバード大学医学部博士研究員、米国スタンフォード大学医学部循環器内科博士研究員、慶応義塾大学医学部 内科学教室 腎臓内分泌代謝内科 教授などを経て、2023年から現職。メタボと生活習慣病、心臓病、腎臓病、脳卒中の関連を明らかにした“メタボリックドミノ”を世界で初めて提唱したことでも知られる。『いい肥満、悪い肥満』(祥伝社)など著書多数。

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