知っておきたい病気・医療
2024.01.12

革新的ながん治療「ウイルス療法」

~ウイルスを使ってがんだけを撲滅~
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

細胞に感染し、細胞を死滅させるウイルス。その仕組みを逆手に取り、がん細胞のみでウイルスが増えて、がん細胞を破壊する治療法が「ウイルス療法」です。ウイルス療法のメカニズムやメリットなどについて、皮膚がんの一種である「悪性黒色腫(あくせいこくしょくしゅ)」を対象とする新薬の治験を東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科の藤堂具紀教授らの研究グループと共に進める、信州大学医学部皮膚科学教室教授で信州大学医学部附属病院皮膚科科長の奥山隆平先生に伺いました。

がん細胞のみを攻撃する
人工的なウイルスを薬に

ウイルス療法とは、ウイルスを使ってがんを退治する新しい治療法です。
がん細胞のみで増えるように人工的に改変された遺伝子組み換えウイルスを感染させ、がん細胞を直接破壊します。

この治療に用いられるがん治療用ウイルス「G47Δ(デルタ)」の臨床開発は、東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 先端がん治療分野)の藤堂具紀教授らの研究グループの主導で進められてきました。

そして2021年6月、がん治療用ウイルスG47Δ(デルタ)製品「テセルパツレブ(一般名)」が、脳腫瘍の一種である「悪性神経膠腫(あくせいしんけいこうしゅ)」の治療薬として、国内で初めて厚生労働省から条件および期限付き(※1)で承認され、同年8月、保険適用の対象となっています。

(※1)7年の「期限」内に使用患者全例を対象に検証を行うことを「条件」に承認

藤堂教授らの研究グループの報告(※2)によると、神経膠腫の中でも最も悪性度の高い「膠芽腫(こうがしゅ):グリオブラストーマ」の患者さんを対象とした治験で、がん治療用ウイルスG47Δ(デルタ)製品の腫瘍内投与を最大6回行ったところ、治療開始後1年間生存した患者さんの割合は84.2%に上りました。

標準的な治療では膠芽腫再発後の1年生存率は平均14%程度といわれ、「ウイルス療法」のがん治療薬による1年生存率はその約6倍になることが示されています。

(※2)「残存・再発膠芽腫への最大6回の腫瘍内反復投与で1年生存率84%―ウイルス療法薬G47Δ(デルタ)を実用化に導いた医師主導治験とFIH試験の最終解析同時報告」
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00181.html

がん細胞を破壊し
抗がん免疫を引き起こす

がん治療用ウイルスG47Δ(デルタ)は、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の遺伝子に3つの人工的な改変を加えた(三重変異)ウイルスです。単純ヘルペスウイルス1型とは、唇やその周辺に小さな水ぶくれができる病気「口唇ヘルペス」の原因となるウイルスです。感染したことに気づかない例も多く見られるありふれたウイルスの1つで、このウイルスに対する抗体の保有率は、成人(20~50代)で50~70%に及びます(※3)。

(※3)日本皮膚科学会 皮膚科Q&A「ヘルペスと帯状疱疹」による
https://www.dermatol.or.jp/qa/qa5/q05.html

単純ヘルペスウイルス1型には、次のような「がん治療に有利な特徴」があります。

  • ヒトの様々な種類の細胞に感染できる
  • 細胞を破壊する力が比較的強い
  • 抗ウイルス薬が存在するため、必要があれば治療を中断できる
  • 患者さんがウイルスに対する抗体を持っていても、治療効果が弱くならない

この単純ヘルペスウイルス1型を人工的に改変したG47Δ(デルタ)は、冒頭でも述べたとおり、がん細胞のみで増えるようにつくられており、正常な細胞では増えません。正常な細胞にダメージを与えることなく治療できるため、安全性が高いのも特徴の1つです。

■ウイルス療法の概念 ウイルス療法の概念

副作用が少ないのもメリット
皮膚がんでも治験

G47Δ(デルタ)は脳腫瘍だけでなく、ほかの固形がんにも効果が期待できることが分かっています。また、ウイルス療法は固形がん全般に対して同様のメカニズムで作用することが、動物実験で分かっています。現在は、難治性の皮膚がんである「悪性黒色腫:メラノーマ」の患者を対象として、世界最先端の第三世代型がん治療用ヘルペスウイルス「T-hIL12」を用いた治験を、信州大学医学部附属病院皮膚科と東京大学医科学研究所附属病院脳腫瘍外科が共同で進めています。

T-hIL12は、G47Δ(デルタ)を基本規格としており、免疫を強く刺激する因子「インターロイキン12(IL-12)」の遺伝子がさらに組み込まれています。抗がん免疫を強力に引き起こす機能を加えたウイルスで、藤堂教授らによって開発されました。抗がん免疫刺激機能を付加した第三世代型がん治療用ヘルペスウイルスとしては、世界初の臨床応用となります。

悪性黒色腫が治験の対象となった背景には、次のような理由があります。

  • 体表面に病変があると、何らかの副作用が生じた場合に見つけて対処しやすい
  • 免疫細胞が集まってきやすいがんなので、抗がん免疫刺激機能の効果についても検証しやすい
  • 進行のスピードが速いがんなので、その進行や転移を止める効果について結果が早く出やすい

副作用についてはあまり心配がないのではないかという点も、がん治療用ヘルペスウイルスの特徴です。例えばG47Δ(デルタ)の膠芽腫を対象とした治験では、治療開始後に発熱や嘔吐(おうと)、悪心などが見られましたが、その後に深刻な副作用は見られませんでした(※2)。
T-hIL12の治験は現在も進行中ですが、現時点では治療後、一時的に発熱が起こる程度にとどまっています。

悪性黒色腫に対する治験によって、T-hIL12が治療薬として承認されれば、さらに食道がん、大腸がん、甲状腺がん、乳がんなど様々ながんへと応用されることが期待できます。

他の治療法との併用で
効果が高まる可能性も

大きな副作用がなく、安全性の高いがんウイルス療法は、がんの3大治療である手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤治療)との併用が可能ではないかと言われています。また、悪性黒色腫や頭頸部(とうけいぶ)がん、胃がん、非小細胞肺がん、腎細胞がんなどで保険適用されている「免疫チェックポイント阻害薬」は、免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ働きを持っています。がんウイルス療法を行うと、がん細胞が免疫系に認識されるため、免疫チェックポイント阻害薬の効果が高まる可能性が考えられます。

固形がんの治療では通常、「がんを取り除く」ことが治療の第一選択肢となります。ウイルス療法は、手術が不可能な場合や、がんの転移が生じた場合などに、抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などと並ぶ選択肢の1つになるでしょう。

さらに、今後臨床応用が進めば、手術の前にがん治療用ヘルペスウイルスを投与して、あらかじめがんを小さくしておく、同時に抗がん免疫を誘導しておく、ということが可能になるかもしれません。そうなると、例えば年々患者数が増加している乳がんなどにおいても、ウイルス療法が手術による体の負担を減らしたり、がんの再発防止につながることも期待できるでしょう。

国内でも複数の企業や大学がすい臓や骨、前立腺、食道などのがんを対象に臨床試験を進めているほか、世界でも研究が行われています。ウイルス療法ががんを制圧する画期的な治療法として一日も早く確立し、多くの患者さんにとって希望の光となることを目指していきます。

奥山 隆平 信州大学医学部 皮膚科学教室教授、信州大学医学部附属病院皮膚科科長

信州大学医学部長、臨床研究支援センター・センター長を兼任。日本皮膚科学会・皮膚科専門医。日本臨床薬理学会特別指導医。1989年、東北大学卒業後、同大学皮膚科入局。1995年、東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。福島県いわき共立病院皮膚科、米国マサチューセッツ総合病院/ハーバード・メディカルスクールリサーチフェロー、東北大学医学部准教授などを経て、2010年から信州大学医学部皮膚科教授、23年から同大学医学部長に就任、信州大学副学長を兼任。

プロフィール写真