スマートフォンを使用する際に、長時間、前かがみの姿勢を続けることで生じる「ストレートネック」が増加しています。また、仕事中、パソコンの前に座りっぱなしの人も多いと思います。これらの生活習慣などから慢性的な肩こりにつながることも多く、「首下がり症」という病気の原因になる危険もあります。ストレートネックを防ぎ、こりや痛みを改善するためにはどうすれば良いのか、東京医科大学整形外科学分野准教授の遠藤健司さんに伺いました。
ストレートネックとは
健常な
以下の項目にあてはまるか、セルフチェックをしてみましょう。
- □パソコンやスマートフォンを使うことが多い
- □デスクワークが多い
- □肩こりや首こりといった不調を感じやすい
- □首を動かすと痛みがある
- □猫背になりやすい
ストレートネックにはさまざまな型があり、前述のまっすぐに近い状態になった頸椎は「直線型」と呼ばれます。このほか、前かがみになると頸椎が後方に反る「後湾型」も加齢とともに増える傾向にあります。
写真提供/東京医科大学
ストレートネックの原因には生まれつきの骨格による先天的なものと、姿勢の悪さなどによる後天的なものがあります。
近年急増しているのは後天的なストレートネックです。スマートフォンの普及が大きく影響していると考えられています。スマートフォンを使う時は、顔がうつむき、首が前に出て「前かがみ」の姿勢になりがちです。
成人の頭の重さは体重の約10%と言われていますが、前かがみになり30度くらいの傾斜がつくと、首にはその約3倍の負荷がかかります。こまめに姿勢を変えていれば首への負荷を軽減することはできますが、スマートフォンの最大の問題は「長時間同じ姿勢を続けてしまう」ことにあります。首に大きな負荷がかかり続けることで、首の後ろを支える筋肉の緊張が高まり、こりや痛みが生じる原因になります。
首への負担を軽減するためには、少なくとも30分に1回は体を動かすことが大切です。また、あごをぐっと引いた正しい姿勢もストレートネックの予防につながります。意識的に姿勢を正すことを心掛けましょう。
筋肉の動きをしなやかに
ファッシア(筋膜)に注目!
最近は、ファッシア(筋膜)とストレートネックの関係にも注目が集まっています。
ファッシアとは神経や筋肉、血管、臓器、骨、腱などの、あらゆる組織をつなげる結合組織の総称で、筋肉や骨などのなめらかな動きをサポートする役割を担っています。
例えば、果物のミカンを思い浮かべてみましょう。
新鮮なミカンは皮をスムーズにむくことができますが、古くなったミカンは皮と実の間にある白い筋がこびりついてむきづらいものです。このミカンの白い筋に当たるのがファッシアです。
ストレートネックによって肩こりが慢性化すると、古くなったミカンの白い筋のようにファッシアも硬くなり、筋肉の収縮やなめらかな動きを妨げます。その結果、首の筋肉が伸びてしまいストレートネックが悪化し、首や肩まわりがパンパンに張った状態になってしまうのです。
こうした状態を放置していると、「首下がり症」を発症するリスクが高まります。
写真提供/東京医科大学
首下がり症とは、首と背中の間にある筋肉の筋力が低下し、前を見ることがつらくなる症状を言います。加齢のほか、頸椎症やパーキンソン病、ジストニア(※)などの病気や、事故による頸椎捻挫などが原因で生じることもあります。
※無意識に筋肉がこわばってしまう不随意運動の一種
常に前かがみの姿勢になるため、日常生活においてさまざまな支障があります。治療は服薬やリハビリなどが中心ですが、それでも改善しない場合には手術を行う場合もあります。
「まだ軽い肩こり程度だから大丈夫」などと油断せず、不快な症状が悪化する前に改善することが重要です。日ごろからファッシアの柔軟性を保ち、首まわりの筋肉を動きやすい状態にしておきましょう。
- ①ひじと肩を水平にして軽く後ろに引きます。
- ②腕を前から後ろに5秒かけてゆっくり回します。
これを5回行うことで、ファッシアがほぐれます。痛みがある時は、無理に行うのはやめましょう。
また、首を支える筋肉は肩や肩甲骨とつながっているので、肩甲骨をぐっと引き寄せることで、肩こり解消につながります。
ほどよい高さの枕、
入浴、マッサージも効果的
さらに、次のような日常の生活習慣もストレートネックの予防や肩こりの対策に効果的です。
- 1 無理なく寝返りを打てる高さの枕を選ぶ
枕が高すぎると首を反らせてしまうため、「後湾型」のストレートネックになりやすくなります。反対に低すぎると寝返りを打ちにくいため、就寝中も筋肉の緊張が続き、こりや痛みを解消することが難しくなります。横を向いて寝た時に、腕が痛くならない程度の高さが、理想的な枕の目安です。 - 2 入浴の時は湯船に肩まで浸かる
ストレートネックで筋肉の緊張が続くと、筋肉を走る血管が圧迫され、血流が悪くなります。血流が悪くなると筋肉に運ばれる酸素の量が減少するため、こりや痛みが生じやすくなります。入浴は、筋肉の緊張によって悪くなった血流を改善するうえで効果的です。湯船に肩まで浸かってゆっくり温まりましょう。 - 3 マッサージをする
入浴と同様に、適度なマッサージも血流を改善する効果があります。ただし、強くもんだり叩いたりするのは筋肉を傷つける要因になります。傷ついた筋肉が修復される過程で、壊れた組織が固まる「瘢痕 化」が起こります。何度も繰り返すことで筋肉の柔軟性が失われ、さらに血流を悪化させる要因となりかねません。適度な力でこりをほぐしましょう。
慢性的な肩こりは、自律神経のバランスを乱し、頭痛や眼精疲労、冷え症、めまい、不眠、抑うつ状態などを引き起こす要因になることもあります。
心身ともに健やかに過ごすためにも、正しい姿勢を心掛け、こまめに体を動かす習慣を付けましょう。
1988年、東京医科大学卒業。92年、米国ロックフェラー大学にポスドクとして留学、神経生理学を専攻。95年、東京医科大学茨城医療センター整形外科医長を経て、2007年東京医科大学整形外科講師から現職。著書に『本当は怖い肩こり』(三原久範共著、祥伝社)など。日本整形外科学会専門医。日本整形外科学会脊椎脊髄病医。日本脊椎脊髄病学会指導医。