認知症の前段階にあたる「軽度認知障害(MCI)」。MCIが進行すると認知症に移行する一方、MCIの段階で適切な対応を行えば、認知症への移行を遅らせたり、場合によっては健常な状態に戻る可能性もあります。日常生活にあまり支障がない段階のため、気づきにくいとされていますが、早期に発見をして進行を防ぎたいものです。MCIにどう気づき、どう対処すればよいのか、鳥取大学医学部保健学科認知症予防学講座教授の浦上克哉先生に伺いました。
「健常」と「認知症」の間の状態
日常生活に支障は少ない
MCIは認知症になる手前の段階で、認知機能が低下しつつあるものの、日常生活には大きな支障がない状態を指します。日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2017』によると、MCIの人のうち1年で約5~15%が認知症に移行すると考えられている一方、1年で約16~41%の人が健常な状態に戻れるとも言われており、早い段階で適切な対策を始めることが重要だと言えます。
認知機能は少しずつ低下していくため、MCIと認知症は必ずしも明確に線引きできるわけではありません。しかし、一般的には(1)日常生活に支障が出ているかどうか、(2)症状を自覚できているかどうか、という2点において違いが見られます。
「以前と違う」と感じたら
早期発見のためにも受診を
現在のところ、認知症を完治させる方法はありません。しかし、MCIの段階で気づいて適切な対策を始めれば、認知症への移行を遅らせたり、元の状態に戻れたりする可能性があります。ただし、MCIは日常生活への支障が少ないことから、認知機能が低下し始めていることに気づきにくいかもしれません。
「以前と違う」と感じることがある場合、かかりつけ医があれば、まずはかかりつけ医に相談してください。なければ、精神科、脳神経内科などの専門医を受診してください。もの忘れ外来を標榜してあるところだと間違いがありません。ご本人が自覚するだけでなく、ご家族など周りの人が気づくこともあるでしょう。例えば以下のような状態が受診の目安となります。
- □以前と比べてもの忘れが増えた
- □以前は問題なくできていた作業がうまくできなくなった
- □以前と比べて外出する頻度が減ってきた(MCIになると出無精になる傾向があります)
もの忘れのように、加齢に伴って自然と増える症状もあります。しかし、加齢によるもの忘れと認知機能の低下によるもの忘れの区別は難しいものです。「年を取ったのだから仕方ない」と自己判断せずに、一度受診するとよいでしょう。
これまで、認知症に対しては進行を遅らせる薬が使われてきましたが、MCIに対して使用が承認された薬はありませんでした。しかし最近、「レカネマブ」という薬が承認され、軽度の認知症の患者さんに加えて、MCIの患者さんにも使えるようになりました。
ただし、すべてのMCIの患者さんが投与対象になるわけではありません。レカネマブは、アルツハイマー型認知症の原因となる「アミロイドβ」というタンパク質を脳内から除去することで、病気の進行を遅らせる薬です。そのため、MCIの中でもアルツハイマー型認知症の前段階にある患者さんで、画像検査でアミロイドβの蓄積が確認できた患者さんにしか投与することができません。認知症には、アルツハイマー型認知症以外にも、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症といった種類があります。これらの認知症の前段階にあるMCIの患者さんは、レカネマブの投与対象外となります。
日常生活の中で予防対策を
アロマセラピーにも効果が!
MCIと診断されたら、認知症への移行を防ぐために、日常生活の中で以下のような予防対策を取ることが非常に大切です。これは、健常な状態の人が認知機能の低下を防ぐためにも有効な方法です。
1日7,000歩程度のウォーキングと筋力トレーニングを行いましょう。高齢者の場合、筋力が低下すると転倒や骨折につながることがあり、動けなくなると認知機能にも悪影響が及ぶため、筋力トレーニングも取り入れることが大切です。
高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病がある場合は、きちんと治療を受けましょう。こうした病気を放っておくと、アミロイドβが蓄積しやすくなると考えられています。また、アミロイドβは認知症を発症する20~30年前から溜まり始めると言われています。若い人も他人事だと思わず、生活習慣病予防に努めましょう。適度な運動やバランスの良い食生活が大切です。喫煙や過剰なアルコール摂取も避けましょう。
脳内のアミロイドβは睡眠中に除去されると考えられています。睡眠時間が短かったり、睡眠の質が悪かったりすると、アミロイドβが十分に除去されず、蓄積されていく可能性があります。質の良い睡眠を十分に取ることが大切です。
知的活動とは、字を書く、クロスワードパズルに取り組むなど、「頭を使いながら手を動かす活動」を指します。全身を動かす運動だけでなく、知的活動もあわせて行うことをお勧めしています。
MCIの人は出無精になる傾向があります。特に一人暮らしの方は、一日中誰とも話すことなく生活を送っているケースもありますが、できるだけ家に閉じこもらず、外に出て人と話すことを心がけたいものです。知人・友人との会話はもちろん、例えば買い物に出かけたお店で店員さんと言葉を交わすといったことも、立派なコミュニケーションです。
認知症の場合、認知機能の低下よりも前に、嗅覚の低下が始まることが分かっています。嗅覚の低下を食い止められれば、認知機能の低下も予防できると考えられます。MCIの人がアロマセラピーを取り入れ、弱ってきた嗅神経を刺激して回復させることで、認知症への進行を抑制することが期待できます。
上記のような予防対策を少しでも早く始めることが、認知症予防には大切です。MCIについての理解を深め、認知機能の小さな変化を見逃さないようにしたいものです。
1983年鳥取大学医学部医学科卒業。同大大学院博士課程修了後、同大の脳神経内科に勤務。2001年同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2022年4月から現職。2011年に日本認知症予防学会を設立、初代理事長に就任し現在に至る。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。『もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる』(PHP新書)、『日本認知症予防学会監修 軽度認知障害(MCI)診療マニュアル』(編著・中外医学社)など著書多数。