
自分ではコントロールできず、他人に指摘されるとなんだか恥ずかしい「いびき」。十分に寝たはずなのに疲れがとれない、昼間に眠気がおそってくる…など、困ることもしばしばあります。いびきをかく人は、睡眠中に何度も呼吸が止まり、眠りが中断される「睡眠時無呼吸症候群」である可能性が高く、自覚はなくても、体には大きな負担がかかり、最悪の場合は突然死に至ることもあります。睡眠時無呼吸症候群の症状やメカニズム、その危険性、予防法を御茶ノ水呼吸ケアクリニック院長の村田朗先生に伺いました。
いびきを
甘く見てはいけない
お酒を飲んだ時や疲れた時などに単発的にいびきをかく人もいれば、毎日のようにいびきをかき、家族から嫌がられる人もいます。眠っているために自覚しにくいのが、いびきの困ったところです。
いびきをかくということは、空気の通り道である気道が狭くなっている証拠です。喉の狭い空間を空気が通る時に、気道の壁が振動して笛のように発生する音が「ごおーっ」といういびきの音なのです。
いびきをかくかどうかは、もともとの
日本人を含めてアジア人は、彫りが深い欧米人と比べて
※顔面頭蓋:鼻骨や頰骨、上顎骨、下顎骨など顔面を構成する骨の総称
※前後径:奥行き。後頭から眉間までの最大距離
大きく口を開けて、舌を下に出す。その状態で

寝ている時は舌も周囲の筋肉も、力が抜けて重力によって下がります。すると狭い気道がさらに狭くなり、空気が通る時に震えていびきをかきます。さらに狭くなれば、舌がくっついて気道が塞がり、呼吸がなくなる「無呼吸」が起こります。
軟口蓋と舌が重力によって下がり、気道を塞いでしまう

太っている人は脂肪がついてさらに狭くなりやすいですが、基本的には骨格の問題なので、痩せている人も同じです。そのため、いびきや無呼吸は太った中年の人だけではなく、顎の細い若い女性や子どもにも起こります。若いころは筋肉にハリがあるので、いびきをかいても無呼吸にならないことも多いですが、加齢によって筋肉が緩むと無呼吸になる可能性が高くなります。また、女性は加齢による筋肉の緩みに加えて、女性ホルモンによる呼吸刺激が減少することもあり、閉経後からいびきや無呼吸が増えてくる傾向があります。
お酒を飲んだ時や疲れた時だけではなく、睡眠薬を飲んだ時なども筋肉が緩み気道が狭くなり、いびきをかきやすくなります。あおむけよりも横向きに寝ると舌がずれるので多少いびきは出にくくなりますが、どのような要因でも、いびきをかく人は、いずれ無呼吸になる可能性があるため、放置しないことが大切です。
睡眠時無呼吸症候群は
なぜ危険か
睡眠中に気道が50%以上狭くなって、血中酸素飽和度が3%以上低下する状態を「低呼吸」と呼び、完全に呼吸が止まった状態を「無呼吸」と呼びます。低呼吸・無呼吸を合わせて、起こる頻度を「無呼吸低呼吸指数(AHI:Apnea Hypopnea Index)」と言い、これが5以上(10秒以上の無呼吸または低呼吸が1時間に5回以上)だと「睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)」と診断されます。
低呼吸・無呼吸の状態では、空気が入ってこないので体は酸欠状態になって苦しくなります。すると、脳が体を守るために覚醒して「呼吸をしなさい」という指令を出します。そのため、SASの人は睡眠中に呼吸を止めて静かになったと思ったら、突然「ごおーっ」という大きないびきをかく、ということを繰り返しています。
通常、睡眠は深い睡眠と浅い睡眠を繰り返しますが、このような状態だと深い睡眠に至る前に脳が覚醒して呼吸を再開するため、眠りの質が低下して日中に強い眠気を感じるという症状がしばしば見られます。
ただし、自覚症状なので個人差があり、中にはSASでも眠気を感じない人もいます。
また、低酸素により心臓に負担がかかると、体の水分を尿として出そうとします。そのため夜間に頻繁にトイレに行く(夜間頻尿)ようになります。そのほか、無呼吸だと息を吐いて二酸化炭素を出せないため、早朝の頭痛も特徴的な症状の一つです。
さらにSASは睡眠中でも脳が覚醒してしまうため、自律神経のバランスが崩れ、夜に休まるはずの交感神経が休まらず緊張状態が続いてしまい、血圧が高くなったり、インスリン抵抗性(インスリンが出ても血糖値が下がりにくくなる状態)が生じて糖尿病になったり、コレステロール値が上がって動脈硬化から心筋梗塞を起こすこともあります。最悪の場合、狭心症や不整脈から突然死を起こすこともあります。
最近では生活習慣病全般のほか、緑内障の進行にも関わっていることが分かってきました。
SASは、低酸素状態によって、さまざまな負担をかけ、あらゆる影響が起こり得る全身疾患と言えます。
なお、SAS と診断されるほどではなくても日中眠いという人もいます。医学的には「上気道抵抗症候群」と呼ばれ、気道が狭くなる結果、脳が覚醒を繰り返し睡眠が妨げられてしまうため、眠気を生じます。この状態でもかなり体には負担がかかっています。
睡眠時無呼吸症候群かどうか
調べるには?
「自分はいびきをかいているのではないか」、あるいは誰かからいびきを指摘されて「SASかもしれない」と気になったら以下の簡易チェック表で調べてみましょう。また、睡眠中のいびきを録音できるスマートフォンのアプリを利用するのも方法の一つです。
「よくいびきをかいている(途中で呼吸が止まっている)」と指摘されていて、チェック表の2つ以上当てはまる人は、呼吸・睡眠専門の医療機関を受診することをお薦めします。
- □日中、強い眠気がある
- □夜中に何度も目が覚めてトイレに行く
- □起床時に頭痛がある
- □起床時、口が乾く
- □顎が小さく面長である
- □体重が増えた
- □高血圧、糖尿病などの生活習慣病がある
自己チェックをしてSASの可能性がある場合は、呼吸器内科や睡眠外来などの医療機関を受診しましょう。医療機関では、まず簡易検査を行い、疑わしければ1泊して、体の約20カ所に感度の高いセンサーをつけるポリソムノグラフィーという精密検査を行います。簡易検査で正常範囲内の場合でも、詳しく調べてみると低呼吸・無呼吸という結果が出ることが多く、「軽症だからこのまま様子を見よう」と考えるのは禁物です。少しでも気になることがあれば、詳しい検査を受けるようにしましょう。精密検査で、睡眠中に表れる低呼吸・無呼吸の1時間あたりの回数によって、以下のような診断となります。
- □軽症
(1時間あたりの無呼吸低呼吸指数)AHIが5以上15未満 - □中等症
AHIが15以上30未満 - □重症
AHIが30以上
睡眠時無呼吸症候群の
治療と対策
SASの治療は、重症度によって段階があります。主な治療法はマウスピースと「経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP:Continuous Positive Airway Pressure)」です。軽症から中等症(AHI20未満)までの人は、マウスピースで顎を少し前に出すことによって、喉の奥の空間を広くするという治療が第一選択肢となります。
中等症(AHI20以上)と重症の人は、鼻にマスクを装着して空気を送り込むCPAP機器を用いる治療法が適切です。一定の圧力をかけて気道が広がるため、睡眠中のいびきはなくなり、無呼吸をなくすことができます(図3)。最近は、CPAPも小型化され、出張などで持ち運ぶこともできます。
ただし、CPAPに健康保険が適応されるのは、重症の人とAHI20以上の中等症の人で、費用は3割負担で1カ月約4,500 円かかります。
鼻のマスクから空気を送り込み、気道を広げる仕組みで、マスクには女性用の小さいタイプなどもあります。


ただ、CPAPは骨格自体を変えるものではないので、基本的には一生続けなければなりません。SASの先に心臓病や脳血管障害という重大な病気があることを考えると必要なことです。血圧の薬を飲みながら、無呼吸の治療をしないのでは本末転倒です。逆に、無呼吸による二次的な高血圧や糖尿病などは、CPAPによって改善することが多く、合併症を予防する大きな効果が期待できます。CPAPの治療を行った患者さんの中には、無呼吸が改善するだけでなく、睡眠の質が良くなるために、ホルモンの状態など全身の健康も改善し、日中眠くなることもなく活動的になったと喜ぶ人も少なくありません。
SASの認知度は上がってきているものの、「いびきくらい」と軽く見ている人や、周囲から見ればいつも眠そうなのに自分では自覚していない人もいるため、潜在患者も多いと考えられます。いびきは音や眠気だけの問題ではなく、重大疾患につながっていることを意識して、早めに専門の医療機関を受診して対策を講じましょう。
1983年日本医科大学卒業。専門は睡眠時無呼吸症候群、COPD(※)。国内の睡眠時無呼吸症候群治療の中心的な存在であり、年間3万6,000人の患者数は国内でもトップレベル。2003年2月26日、山陽新幹線の運転手居眠り事故の原因として、当時まだ認知度が低かった「睡眠時無呼吸症候群」を初めて大々的にメディアで取り上げたことでも知られる。
※COPD 慢性閉塞性肺疾患:chronic obstructive pulmonary disease。タバコの煙など有害物質の吸入や、大気汚染による肺の炎症性疾患のこと。
