知っておきたい病気・医療
2019.06.14

認知症を正しく理解しよう

~認知症と間違われやすい病気に要注意~
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年々増加する認知症の患者数は、2025年には約700万人、65歳以上の高齢者の5人に1人になると見込まれています(厚生労働省2015年発表「認知症施策推進総合戦略」資料の推計値)。「もしも、家族や自分が認知症になってしまったら…」と不安を抱いたことがあるかもしれませんが、まず認知症について正しく理解し、適切に予防や対処をすることが大切です。認知症の基礎知識や予防法、認知症の方との接し方のポイントなどについて、メモリークリニックお茶の水院長・理事長の朝田隆さんに伺いました。

認知症の主な症状を
まず知ろう

記憶する、判断する、コミュニケーションを取る、計算する……。私たちの脳には、こうした「認知機能」が備わっています。この認知機能が低下することで引き起こされる、さまざまな症状などにより自立した生活ができなくなる状態を「認知症」と言います。

歳を重ねるとともに記憶力や判断力が衰えてきた、といった実感を誰もが抱くものですが、認知症との決定的な違いは「日常生活に支障があるか、ないか」ということにあります。認知症は「認知機能の障害によって、生活に支障をきたすようになった状態」と定義されます。

認知症の症状は、大きく「中核症状」と「BPSD※(行動・心理症状)」の2つに分けられます。

※「認知症の行動と心理症状」を表す英語の「Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia」の頭文字を取ったもの。

1. 中核症状

脳の神経細胞が壊れることによって直接発症する次のような症状で、周囲で起こっている現実を正しく認識できなくなります。

■主な症状

2. BPSD(行動・心理症状)

中核症状に伴って生じる行動や心理学的な症状で、その人の性格や置かれている環境などによって表れ方に個人差があります。主に次の症状がありますが、すべての症状が表れるわけではなく、徘徊はいかいが多い人、幻覚やせん妄が多い人など、人によって強く表れる症状は異なります。また、症状が表れたり、治まったりするなど変動します。

■主な症状

認知症の約6割を占めるのが
アルツハイマー型認知症

認知機能が低下する最大の原因は、加齢です。60歳ごろから認知機能が少しずつ衰え始め、その後5年ごとに2倍ずつ認知機能の低下が加速していくと考えられています。また、次に挙げる病気が認知機能を低下させ、認知症の症状を引き起こす場合もあります。

■主な症状
■認知症の種類別割合

このうち最も多いのは、アルツハイマー型認知症です。アルツハイマー型認知症は、アミロイドβというたんぱく質が脳に蓄積する過程で脳の神経細胞を死滅させることで発症すると考えられています。アルツハイマー型認知症の発症の前には必ず軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)※の状態があります。

※「認知症の一歩手前」と言われる状態で、認知症における物忘れのような記憶障害が出るものの症状はまだ軽く、認知症ではないため自立した生活ができると言われています。

出典:厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」平成23年度~平成24年度総合研究報告書

■認知症の進行過程

出典:朝田隆先生の話を基に作成

MCIの段階で早期発見・早期対策を行った場合、回復する確率は16~41%(平均で26%)と言われています(※)。気になる症状がある場合は、専門医に相談することをお勧めします。認知症の専門医は、下記のサイトなどで検索することができます。

また、「自分の暮らす都道府県」×「認知症疾患医療センター」で検索すると、地方自治体のサイトで案内されている各地域の認知症医療センターを調べることができます。

※出典:日本神経学会の『認知症疾患診療ガイドライン2017』

日本老年精神医学会
http://www.rounen.org/

日本認知症学会
全国の認知症専門医リスト
http://dementia.umin.jp/g1.html

この症状は認知症?
認知症と間違われやすい病気

認知症の治療は、記憶障害の進行をゆるやかにする薬物療法や、運動療法、音楽療法などの精神・心理療法を中心とする非薬物療法が基本です。認知症の進行を遅らせることはできますが、根本的に治すことができる治療法はまだ確立されていません。

一方、認知症に似た症状でも、実際には別の病気であるケースもあります。この場合は、適切な治療によって改善する可能性があります。

特に、認知症と間違われやすい病気に次の3つがあります。

  • うつ病
    認知症の場合はもの忘れの自覚があまりないのに対し、うつ病の場合は自覚がある。
    また、認知症が進行すると忘れたこと自体を忘れてしまうが、うつ病の場合は忘れたことを非常に気に病み、「認知症かな」などと不安を漏らす。
    抗うつ薬が有効。
  • てんかん
    認知症の場合は出来事をすべて忘れて、忘れたこと自体を思い出せない。一方、てんかんの場合は話の途中に数秒から数分程度、意識がなくなることがあるが、その前後のことは覚えている。
    抗てんかん薬で発作を抑えることができる。
  • 睡眠時無呼吸症候群
    睡眠時に呼吸が抑制されることで眠りが浅くなり、日中の眠気から集中力や記憶力が低下し、社会生活や精神状態に悪影響がおよぶ。
    CPAP(シーパップ)療法(※)、マウスピース、気道をふさぐ部位を取り除く外科的手術などの治療法がある。

持続陽圧呼吸療法。機械で圧力をかけた空気を鼻から気道(空気の通り道)に送り込み、気道を広げて睡眠中の無呼吸を防止する。

食事と運動を改善し
認知症を予防

2019年5月、WHO(世界保健機関)が認知症のリスクを減らすため、初のガイドラインを発表しました。

主なポイントは下記のとおりです。

  • 定期的な運動
  • 禁煙
  • 過度の飲酒の回避
  • 体重管理
  • 健康的な食事
  • 適切な血圧、コレステロール、血糖値の維持

食生活については、「まごたちわやさしい」を意識した食材選びがお勧めです。

上記の食材をバランス良く取り入れた食事は認知症予防だけでなく、健康維持にも有効です。

高齢のご両親と
離れて暮らす場合の対処法

離れて暮らす家族を心配される人も多いでしょう。電話で話すときには、ぜひ「この前送ったお菓子はどうだった?」というように記憶に関する質問を投げかけてみてください。そこでスムーズに答えが返ってくるようなら心配はいりませんが、「何も送ってもらってないよ」など、そのこと自体を覚えていないような場合は、認知症の可能性があります。

また、帰省したときには家族が使っている歯ブラシをチェックしてみましょう。歯ブラシの毛先がかなり開いているのに気にせず使い続けているようなら、認知機能の低下が疑われます。また、冷蔵庫に消費期限切れの食品がいくつもあるような場合も注意が必要です。

さらに、周囲の人に普段の様子を聞いてみることも大切です。

もし家族が認知症になった場合には、地域のネットワークによる見守りをお願いしましょう。地域ぐるみで見守り体制を整えていくことは、超高齢社会においては極めて重要です。

なお、認知症の患者さんは基本的に「自分が認知症である」という自覚がありません。
介護をしていると、ついイライラして責めたり、きつい口調でせかしたりすることもあるかもしれませんが、言われたほうは自分の人格まで否定されたような気分に陥ってしまうのだということを忘れないでください。

認知症に対する理解を深め、「説得より納得」を心掛けること、これが自分や家族にとって無理なく認知症と向き合う秘訣の一つです。

朝田 隆 メモリークリニックお茶の水 院長・理事長

1982年、東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学(精神科)、山梨医科大学(現・山梨大学医学部)精神神経科、国立精神・神経センター武蔵病院勤務、英国オックスフォード大学老年科留学などを経て、2001年、筑波大学臨床医学系(現・医学医療系臨床医学域)精神医学教授、14年、東京医科歯科大学医学部特任教授、15年4月から筑波大学名誉教授、現クリニック院長。日本老年精神医学会副理事長、日本認知症学会理事、日本神経精神医学会幹事。『その症状って、本当に認知症?』(法研)など著書多数。

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