
目や腎臓、足先など様々な部位に合併症を引き起こすことで知られる糖尿病。厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」では、糖尿病有病者と糖尿病予備軍はいずれも約1000万人と発表されています。多くの人にとって身近な生活習慣病である糖尿病に罹患すると、認知症を発症するリスクがあることが分かってきました。認知症に詳しい、総合東京病院 認知症疾患研究センター長の羽生春夫先生に、「糖尿病性認知症」について伺いました。
糖尿病になると認知症の
リスクが高くなる!?
高血糖の状態が長時間にわたって続くと、全身の細い血管や神経がダメージを受け、三大合併症と呼ばれる「糖尿病網膜症」「糖尿病腎症」「糖尿病神経障害」が起こりやすくなります。これらの合併症は医学の進歩により、早期の段階であれば予防や改善が可能になってきています。
その一方で、“第四”の合併症として近年、注目されるようになってきたのが「(糖尿病合併症としての)認知症」です。高齢になるにつれて認知症になるリスクは高くなっていきますが、糖尿病を患っているとリスクが約2倍高くなると考えられています。
糖尿病合併症としての認知症には以下のような3つの病型があります。
- □アルツハイマー型認知症(インスリン分解酵素不足やインスリン抵抗性などが原因でアミロイドβやタウが沈着する)
- □血管性認知症(血管のダメージによる脳血管障害など)
- □糖尿病性認知症(糖代謝異常による神経細胞障害)
糖尿病合併症としての認知症の
3つの要因
なぜ、糖尿病になると認知症のリスクが高くなるのでしょうか。その主な要因として、次の3つが挙げられます。
高血糖により全身の細い血管がダメージを受けると動脈硬化を起こして血管が詰まりやすくなり、脳の血管にも影響が及びます。その結果、脳の組織への血液の供給が滞り、神経細胞が死滅したり、認知機能が低下したり、あるいは認知症を発症したりすることがあります。
さまざまなタイプがある認知症の中でも最も多い「アルツハイマー型認知症」は、「アミロイドβ」と呼ばれるたんぱく質が長年にわたって脳内に蓄積し、神経細胞が破壊される一因となることで発症すると考えられています。
認知症の予防にはアミロイドβが溜まらないようにすることが大切ですが、実は血糖をコントロールするインスリンを分解する酵素には、アミロイドβを分解する働きがあります。血糖をコントロールするインスリンは、役目が終わると分解酵素によって分解されますが、糖尿病で血糖の量が増え、インスリンの分泌が増えると、そのインスリンを分解するために酵素が使われ、アミロイドβの分解にまで手が回らなくなってしまい、アミロイドβが溜まってしまうことになります。その結果、認知症につながるということが、近年の研究で分かってきています。
糖尿病による高血糖状態や、治療などに伴う低血糖状態は、神経細胞に大きなダメージを与えます。数週間~数か月程度ですぐに影響があるわけではありませんが、40代から50代、60代と何十年も高血糖状態が続いたり、あるいは低血糖状態をくり返したりすると、たとえ動脈硬化や脳梗塞を発症しなくても、神経細胞が破壊されて認知症を発症するリスクが高くなります。
これらの病態が糖尿病に特有な認知症で、糖尿病性認知症と呼ばれます。
糖尿病性認知症の
症状の特徴とは
糖尿病合併症としての認知症には大きく3つの要因がありますが、どれか1つだけが単独で引き金になるわけではなく、特に高齢になると3つが“合わせ技”となって発症する場合がほとんどです(下図参照)。

ただし、3つの要因が誰にでも均等に混在しているわけではありません。脳血管障害が強く現れている場合は血管性認知症、アルツハイマー型認知症の変化が強く見られる場合はアルツハイマー型認知症と診断され、それぞれに適した治療が行われるのが一般的です。
しかし、中にはアルツハイマー型認知症の変化が軽度であっても、長期にわたる高血糖状態や、糖代謝の異常による神経細胞のダメージによって認知症を発症しているケースがあります。この場合に、「糖尿病性認知症」と診断されます。
アルツハイマー型認知症では直近の記憶力が低下して物忘れや置き忘れ、しまい忘れ、といったことが多くなりますが、糖尿病性認知症では注意力や遂行機能(目的を達成するために、計画的に行動する脳の機能)が低下しやすくなります。
- □冷蔵庫を開けた時に、何を取りに来たのか分からなくなる(作業記憶の低下≒注意力の低下)
- □部屋を移動した時などに、何をしに来たのか分からなくなる(上記と同様)
- □料理の段取りが悪くなる(肉じゃがを作っている最中に、じゃがいもがないことに気づくなど)
血糖をコントロールすると
集中力や遂行機能がアップ
糖尿病性認知症の大きな特徴は、血糖をコントロールすることで一時的に改善する可能性が高く、また進行も遅くなる、ということです。糖尿病の治療の1つとして、日常生活における血糖の管理の仕方を身につけるための「教育入院」が多くの医療機関で実施されています。管理栄養士による食事指導や理学療法士による運動療法、薬物療法による血糖コントロールなどを1~2週間ほど続け、血糖値が安定してくると、次のような変化が見られるケースがあります。
血糖値をコントロールすると、
- □集中力や注意力が向上する
- □遂行機能が改善する
記憶力が劇的に改善するというわけではありませんが、血糖をコントロールすることで脳に良い影響がもたらされ、生活の質(QOL=クオリティー・オブ・ライフ)が上がるということは言えるでしょう。
糖尿病の血糖コントロールには食事や運動などの生活習慣も大切ですが、治療薬をきちんと服用することも欠かせません。
かつては血糖を下げるだけの薬が主流でしたが、現在は低血糖になるのを抑えながら血糖をコントロールできるなど、薬そのものも進化してきています。
また、糖尿病治療薬に、アルツハイマー型認知症の要因となるアミロイドβの蓄積を抑える効果があることもさまざまな研究で示唆されており、米国神経学会の研究では、糖尿病薬を服用している人は、服用していない人に比べ、アルツハイマー型認知症の発症リスクが低いと報告されています(※)。
※:Neurology. 2021 Sep 14;97(11):e1110–e1122.
糖尿病合併症としての認知症予防の
基本は生活習慣の改善
今はまだ糖尿病や認知症は自分には関係ないと思っている人も多いかもしれません。しかし、人生100年時代を健康に長生きするためにも、次のようなことを心掛けていきましょう。
- □定期的な健康診断で、自分の血糖値をチェック
- □“糖尿病予備軍”だと分かったら、医療機関で相談を
- □食事は腹八分目が基本、炭水化物は控えめに
- □肉をいっぱい食べた次の日は野菜中心にするなど、1日単位だけでなく、週単位でも、栄養バランスを考える
- □通勤時間を利用して歩くなど、継続できる運動を見つける
早い段階から体に良い生活習慣や血糖コントロールを身に着けると、糖尿病性認知症だけでなく、血管性認知症、アルツハイマー型認知症の予防にもつながる可能性が期待できます。
医学博士。東京医科大学名誉教授。同大学高齢診療科兼任教授。日本老年医学会 専門医・指導医、日本認知症学会 専門医・指導医、日本神経学会 専門医・指導医、日本内科学会 認定医。1981年、東京医科大学卒業。1985年、同大学大学院老年病学専攻博士課程修了。同大学老年病科教授、同大学高齢診療科主任教授、同大学病院副院長などを歴任し、2020年から現職。総合東京病院 認知症疾患研究センターのウェブサイトでは認知症に関する講演動画を配信中。
https://www.tokyo-hospital.com/video/dr-hanyuh1/
