知っておきたい病気・医療
2018.02.09

新たな国民病「慢性腎臓病」にならないために

~症状が出る前に生活を見直そう~
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ご自身の「腎臓」を意識したことはありますか?腎臓は24時間休みなく尿を作り、体内環境を調整し続ける、生命維持に欠かせない臓器です。腎臓が傷ついたり、働きが低下したりする病気を総称して「慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)」といいます。患者数は1,300万人を超えると推計され、新たな国民病と言われています。普段なかなか意識しない腎臓の大切さと慢性腎臓病について、順天堂大学名誉教授の富野とみの 康日己やすひこさんにお聞きしました。

地味だけど働き者
肝腎要かんじんかなめ」の臓器

私たちの背中側の腰の上あたりに左右1つずつある腎臓は、心臓から送り出される血液を濾過ろかして、余分な水分や老廃物などを尿として排出する役割を担っています(図1)。

■図1 腎臓は血液の濾過装置

腎臓1個につき、「ネフロン」と呼ばれる組織が約100万個ある(左右合わせて約200万個)。ネフロンは、毛細血管のかたまりである糸球体と尿細管という管から成る。動脈から流れ込んだ血液は糸球体のフィルターを通して濾過されて原尿となる。原尿は尿細管から腎盂じんうへと送られる過程で約99%は再吸収され、残りの約1%が尿として排せつされる。

血液中には水分のほか、ナトリウムやカリウム、カルシウム、リンなどの電解質も含まれています。例えば、濃い味付けの食事が続いて塩分(ナトリウム)を摂りすぎたら、余分な塩分を水分とともに排出することで血液中の塩分濃度を保ちます。1日に約150リットルもの血液を濾過して尿を作り出す過程で、体内の水分・血液量や電解質の調整をしているのです。尿の量は、1日約1.5リットルです。
また、体内の酸性・アルカリ性のpHバランス調整も腎臓の大切な役割の一つです。
普段はなかなか意識されない地味な印象の腎臓ですが、私たちの体内環境を一定に保つために、休みなく絶妙なコントロールを続けている働き者の臓器なのです。

それ以外にも、腎臓はホルモンを分泌したり、骨の維持に大切なビタミンDを活性化したりと、生命維持に欠かせない重要な役割を果たしています。腎臓から分泌されるレニンやプロスタグランジンというホルモンの一種が、血圧調整に関わっていることも分かっています。

さらに、尿細管の間質(※)に「エリスロポエチン産生細胞」が存在し、そこから分泌されるエリスロポエチンというホルモンが、骨髄で赤血球を作る働きを促進するということが、近年の研究で分かってきました。こうしたホルモンを介して心臓や脳、肺など全身の他臓器とつながり、互いに影響を与え合っていることも解明されてきました。腎臓はまさに人体にとって “肝腎”要の臓器といえるでしょう。

※尿細管の間質:尿細管は糸球体と腎盂をつなぐ管のこと。糸球体から排出された尿の中の水分や血液を濾過した原尿の中から必要なものを再吸収したり、不要な成分を腎盂に送ったりする役割を持つ。間質は尿細管と尿細管の間の組織をいう

「慢性腎臓病」は
さまざまな腎臓病の総称

腎臓が弱って病気になると、体内環境の調整がスムーズに行われなくなってしまいます。腎臓の病気には多くの種類がありますが、中でも慢性的に腎臓の機能が低下していく腎臓病を総称して「慢性腎臓病(以下CKD)」といいます。
CKDかどうかは、尿検査で「タンパク尿(※)」の有無と、血液検査で「血清クレアチニン値」を調べることで診断します。タンパク尿が出ている場合は腎臓に障害があり、「血清クレアチニン値」の異常(高値)が見られる場合は腎臓の働きが低下している状態です。このいずれか、または両方が3ヵ月以上続く場合にCKDと診断されます(表1)。
CKD進行度は腎機能を縦軸とし、タンパク尿を横軸とし、両方を総合的に見て判断しています(表2)。

※タンパク尿:腎臓の糸球体にある血管に障害があり、本来通らない赤血球やタンパク質を通してしまい、それが尿とともに排出したもの

■表1 慢性腎臓病の診断基準
■表2 慢性腎臓病の重症度分類

診断の際に基準となるものに「タンパク尿」がありますが、例えば、糖尿病によって徐々にタンパク尿が出て、並行して腎機能が落ちてくることもあれば、タンパク尿は出ていなくても腎臓の機能が低下していることもあります。後者は高血圧や動脈硬化により、タンパク尿は出ていないけれども腎臓の機能が落ち、その結果、糖尿病を合併したというケースです。同じ糖尿病というリスクを抱えていても、人によって病態は異なるのです。
そうしたさまざまな危険性を広く捉えて早期に見つけ出し、対処しようというのがCKD治療の考え方です。CKDと診断された場合、大事なのは背景にある原疾患を突き止め、対策を講じることです。初期のうちに対策をとれば改善が可能な場合も少なくありません。
CKDの原因となる病気の中で最も多いのは「糖尿病性腎症」で、次に「慢性糸球体腎炎しきゅうたいじんえん」、「高血圧性腎硬化症」、「多発性囊胞腎のうほうじん」が代表的です(表3)。特に、2親等以内の親族に糖尿病や腎臓病、高血圧の人がいるという場合は要注意です。遺伝的な要因に環境要因が加わると、CKDのリスクもより高くなります。

■表3 慢性腎臓病の4大原因疾患

規則正しい生活習慣が
腎臓を守る

腎臓の機能は5歳ころをピークになだらかに低下していきます。CKDの発症には、こうした年齢や遺伝的な要因以外に、生活習慣の乱れが深く関わっています(図2)。特にメタボリックシンドロームの要素が多いほどCKDになるリスクも高くなり、内臓脂肪がついているだけで腎臓へ悪影響を及ぼすことも分かってきました。
さらに、CKDになると心臓病や脳卒中などの重い病気を起こしやすくなります。
腎臓の糸球体に障害がありタンパク尿が出ているということは、脳や心臓などの臓器の血管にも同じように障害が出ている可能性が高いからです。
メタボリックシンドローム、肥満症、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、高尿酸血症、喫煙、加齢など、CKDの危険因子と心疾患の危険因子はたくさんの共通項があります。

■図2 よくない生活習慣が重大な病気を招く

年齢や性別、遺伝的な要因は避けられませんが、生活習慣は変えることができます。規則正しい食事や運動、禁煙や十分な睡眠などを心がけ、メタボリックシンドロームや糖尿病にならない生活を送ることが、腎臓を守ることにもなるのです。

早期発見のために
健診を必ず受け、軽視しない

腎臓の異常は、むくみ(浮腫)、体重増加、尿の色(赤い血尿や黄疸おうだんの黄色い尿)、尿の泡(タンパク尿は小さい泡がなかなか消えない)などに表れることがあります。さらに腎臓病が進行すると、血圧が上がってきて顔がほてる、肩が凝る、貧血、体がだるいなどあらゆる症状を合併してきます。日ごろから尿の色、回数、状態などを観察する意識を持っていることが大切です。

しかし、腎臓は「沈黙の臓器」と言われるほど我慢強い臓器で、かなり進行するまで自覚症状が出ないことが多いのです。だからこそ、早期発見のために健康診断などをきちんと受けることが大切です。日本では学校検尿のシステムが進んでおり、子どもの腎臓病は早期発見できるようになってきましたが、大人になると、尿検査でタンパク尿陽性と診断されても、その後放置したり、翌年の検査を怠ったりと、結果を軽視しがちです。一度でもタンパク尿が陽性であれば、必ず腎臓内科や泌尿器科を受診しましょう。

タンパク尿の有無(腎臓が傷ついているかどうか)は尿検査で分かりますが、腎臓の働きについては血液検査で「血清クレアチニン値」を調べます。クレアチニンは筋肉で作られる老廃物の一つで、腎臓の糸球体での濾過量が低下すると、血液中のクレアチニン濃度が上がってきます。

血清クレアチニン値を特定の計算式に当てはめて糸球体濾過量(=糸球体がどれくらい濾過しているか)を推算した値が「推算糸球体濾過量(eGFR)」です。
目安として、eGFRを知っておくことは腎臓病の早期発見に役立ちます。健康診断の結果にeGFRの値が記載されていない場合は、血清クレアチニン値を入力すれば自動的に算出できるウェブサイトを活用するなどして、ご自身の腎臓の働きがどれくらいかをチェックするとよいでしょう。
筋肉量が少ない高齢者などは腎機能が低下していても数値が高く出ることもあります。正確な診断のためには、より精密な検査が必要です。

腎臓の機能を保ちながら
心血管の病気を防ぐ

CKDと診断されたら、食事や運動などの生活習慣改善と原因疾患に応じた薬物療法などを並行して治療を進めます。進行度によって必要な治療は異なりますが、できるだけ腎臓の機能を保ちながら、心臓や脳の病気を防ぐことが目標になります。肥満であればまずは標準体重をめざし、高血圧症や糖尿病の治療を続けます。

食事療法は、1減塩、2低タンパク、3適正エネルギー量を摂るという3点が基本ですが、特に糖尿病の人などは糖質制限からタンパク制限への切り替えが難しく、具体的な食事内容はそれぞれの病状により異なります。主治医や管理栄養士の指導を受けながら、ご自分の適正量を把握しましょう。

かなり進行した状態を除けば、運動も積極的に取り入れることで、減量や血糖コントロールだけでなく、腎機能の低下を防ぐことが期待できます。お勧めは有酸素運動です。主治医とよく相談しながら、病状やライフスタイルに応じて無理なく続けていくことが大切です。

治療は食事療法から始めて、きめ細かな生活習慣改善を根気よく続けながら「病気に向き合う意識」を高めていくことも重要です。「これしか食べられない」のではなく「これだけ食べられる」といった前向きな発想で、病気とうまく付き合っていきましょう。

透析が必要になっても
通常の生活は送れる

腎機能が低下し腎不全が進行すると、血液の濾過や体内環境の調整ができなくなって尿毒症の危険が高まり、透析療法が必要になります。透析を始める時期は、腎機能が正常時の約10%以下になったときを目安として、全身の状態なども鑑みて判断します。

透析の方法には、通院して機械で行う「血液透析」と、おなかにカテーテルを取り付け、自分の腹膜を使って血液を濾過する「腹膜透析」の2通りがあります。いずれもさまざまな管理が必要になりますが、通常の生活を諦めることはありません。仕事を続けることもできますし、海外旅行やスポーツを楽しむことも十分に可能です。

今や「100歳時代」ともいわれる超高齢社会。日々負担がかかっている腎臓の機能をできるだけ落とさずに、いかに長持ちさせるかということが大事になります。そのために、食生活の見直しや運動など、今できることがたくさんあります。今日から腎臓を守る生活を、意識していきましょう。

富野とみの 康日己やすひこ 順天堂大学名誉教授、東海大学客員教授、東都医療大学客員教授

1974年順天堂大学医学部卒業。専門は腎臓内科学。主に糸球体腎炎(IgA腎症)、糖尿病腎症、高血圧性腎障害、腎不全の臨床・研究、および教育に携わると同時に、腎臓病をはじめとする生活習慣病の早期発見・早期治療の重要性について啓発活動を行っている。
著書に『ステージ別 腎臓病の治療とケア: 透析療法への進行抑制と心温まる透析ライフ』(法研)など

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