知っておきたい病気・医療
2020.04.10

がん検査が簡単に、安価に、痛みなく受けられる!

1滴の尿で可能な線虫がん検査『N-NOSE』とは
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たった1滴の尿でがんのリスク判定ができる線虫がん検査『N-NOSE』が、2020年1月に実用化されました。機械ではなく線虫という生物が持つ嗅覚の能力を使ったこの検査は、簡単に、安価に、痛みなくがん検査ができることから、大きな注目を浴びています。線虫がん検査のメリットや信頼性、今後の展望などについて、この検査を開発したHIROTSUバイオサイエンス代表取締役の広津崇亮さんに伺いました。

線虫がん検査『N-NOSE』とは?

線虫がん検査は、線虫(C. elegans)という生物の特性を生かしたがん検査です。線虫は体長約1ミリメートルの生物で、土壌中などに非常に多く生息しています。目や耳がなく、嗅覚が非常に発達しているのが特徴で、約1,200種類の嗅覚受容体遺伝子を持っています。これは人間の約3倍、犬の約1.5倍であり、線虫は、ごくわずかな匂いでも検知することができます。

がんには特有の匂いがあることは以前から知られていましたが、広津さんは、線虫ががん患者の方の尿の匂いに近づき、健常者の方の尿からは離れるということを発見しました。線虫がん検査『N-NOSE』はこのことを利用したもので、線虫が尿に対してどのように反応するか調べることで、がんのリスクを判定します。具体的には、シャーレの端に尿をたらし、真ん中に置いた線虫が尿に集まるかどうかで判定します。

線虫がん検査『N-NOSE』の4つのメリット

従来のがん検査と比較して、線虫がん検査『N-NOSE』には主に4つのメリットがあります。

  • 1簡単で痛みがない
    従来のがん検査の中には、体内に医療機器を入れることによる痛みや被ばくのリスクなど、体への負担が大きい検査もあります。しかし、線虫がん検査『N-NOSE』に必要なのは尿1滴だけです。尿を採取するだけで検査が可能ですので、簡単で痛みもありません。
  • 21回の検査で全身のがんを調べられる
    一般的ながん検診の場合、胃がん、肺がん、乳がんなど、部位別に検査を受けなければ、がんを見つけることはできません。しかし、線虫がん検査『N-NOSE』は、一度の検査で全身のがんのリスクを調べることができます。2019年9月現在、線虫は以下の15種類のがんに反応することが分かっています。ただし、現時点ではどの種類のがんに反応したかまでは判断できません。
  • ■線虫が反応することが分かっているがんの種類 線虫が反応することが分かっているがんの種類
  • 3精度が高い
    例えば、血液を採取してがん検査を行う「腫瘍マーカー」は、比較的安く受けられるものの、精度は高くありません。ステージ0~1の超早期のがんの場合は、腫瘍マーカーでは10%程度しか検知できず、画像検査を行ったとしても、がんが小さいので見極めるのが困難です。一方、線虫がん検査『N-NOSE』は、86.8%という高い精度でステージ0~1のがんの検知が可能です。
  • 4費用が安い
    全身のがん検査を受けると、検査費用が高額になります。また、精度の高い検査ほど、機器の開発などにコストもかかるため、どうしても高額になりがちです。しかし、線虫は、最適な環境下で飼育するとどんどん増えるので、検査のコストが安く抑えられます。そのため、線虫がん検査『N-NOSE』は、精度の高い検査でありながら検査費用は安価で、9,800円(税抜・参考価格)で提供されています。

「1次スクリーニング検査」としてがん検診受診率アップに期待

線虫がん検査『N-NOSE』は、2020年1月から実用化が始まりました。『N-NOSE』を受けられる医療機関や健診センターは、『N-NOSE』のウェブサイト(http://xn--icktbzci4u.com/)で公開されています。検査を希望する場合は、ここで紹介されている施設に検査の申込みを行い、尿を採取・提出することで、約2週間から1ヵ月で検査結果を受け取ることができます。

なお、前述のとおり、この検査は、「がんのリスクが高いか、低いか」を判定するものです。現時点では、全身のどこにがんのリスクがあるのかまでは判断できませんが、HIROTSUバイオサイエンスでは、がんの種類を特定するための次世代検査の開発も進めており、2022年の実用化を目指しています。

また、日本で実用化された線虫がん検査『N-NOSE』は、海外展開の準備も進められています。HIROTSUバイオサイエンスでは、米国での実用化に向けた調整を行っており、2021年の実現を目指しています。オーストラリアでも検討が進められており、今後、大規模な臨床研究が始まる予定です。

現在、日本での5大がん(※)検診受診率は、男性で4〜5割程度、女性で3〜4割程度にとどまっています。線虫がん検査でがんのリスクが高いと判定された方が、国が推奨している5大がん検診を受けていなかった場合、これらの検診を受けるようになることが期待されます。がん検診の心理的・経済的ハードルを下げ、がん検診を受診するきっかけをつくるという意味において、線虫がん検査『N-NOSE』は、世界で初めて実用化された「1次スクリーニング検査」だといえます。

※5大がん:胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん

がんは早い段階で治療を始めるほど、完治する可能性が高まる病気です。簡単に、安価に、痛みなく受けられる線虫がん検査が普及すれば、がん検診受診率が上がり、早期発見・早期治療につながり、ますます多くの人が健康に長生きできるようになるでしょう。

広津 崇亮 HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役

1995年東京大学理学部生物学科卒業。2001年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了博士(理学)。日本学術振興会特別研究員(東京大学遺伝子実験施設)、京都大学大学院生命科学研究科ポスドク研究員、九州大学大学院理学研究院生物科学部門助教。2016 年HIROTSU バイオサイエンス創業、代表取締役就任。

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