「運動が健康にいいのは知っているけれど、忙しくて運動する時間がない」――そんな言い訳をしていませんか?でも、運動不足を放っておくと30歳すぎから筋肉は衰えやすくなり、それが心身にさまざまな影響を及ぼすそうです。
筋肉の衰えを防ぐために、今日から少し歩き方を変えてみませんか?
ややきついと感じる速歩きとゆっくり歩きを繰り返す「インターバル速歩」が、健康に役立つことが分かったのです。科学的に立証された、その効果と実践の方法を信州大学大学院医学系研究科教授の能勢 博さんにお聞きしました。
筋肉の萎縮が老化・病気の源
人間の体は、加齢とともに老化が進みます。さまざまな老化現象の中でも、健康の維持に最も影響を与えるのが、「筋力と持久力の低下」と言われています。ほとんどの人はゆるやかな低下に気がつきにくいのですが、筋力は20代をピークに30歳を過ぎた頃から毎年約1%ずつ低下していきます。10年で約10%低下し、80代になれば20代の約60%の筋力になってしまうこともあります。
これには、加齢によって筋肉が萎縮して衰えていく「老人性筋萎縮症(サルコペニア)」が大きく関係しています。そしてこれは筋力だけの問題ではありません。筋肉の細胞が減ることにより、体を動かすエネルギーそのものをつくり出せず、日常の動作がどんどん困難になります。これこそが、高血圧、高血糖、脂質異常などの生活習慣病の根本原因であることも分かってきました。じっとして動かない生活を続けていたら、筋肉はどんどん衰え、70代で寝たきりになってしまう可能性も十分にあるのです。
ややきつい運動を1週間に1時間
では、筋力・持久力の低下はどのように防ぐことができるのでしょうか?
筋力・持久力など体の力を総合した身体活動量を見てみると(図1)、運動をしている人の方が、特に運動をしていない人よりも低下の度合いが少ないことが分かります。一般に、身体活動量が20代の30%以下になると寝たきりの危険性が高くなるとされていますが、この危険ラインに達するまでの期間に約15年もの差が生まれるのです。
筋力の低下を止めるには、自分の最大体力の70%以上の強度の運動が必要です。この強度は脚が痛くなる、息が切れるなど“ややきつい”と感じる運動ですと、能勢さんはアドバイスします。
ややきつい運動で筋肉が太くなると、その筋肉に効率よく酸素を届けるために心肺機能も高まります。さらに、ややきつい運動をした後はエネルギーの消費も高まり、効率のよい脂肪燃焼効果も得られます。
こうした理論に基づいて考案された運動が「インターバル速歩」です。これは「さっさか歩き(速歩)3分」と「ゆっくり歩き3分」を交互に繰り返すウオーキング法。大股速歩きで筋力(無酸素運動で鍛えられる)を、ゆっくり歩きで持久力(有酸素運動で鍛えられる)を、一気に鍛えることができるのです。
インターバル速歩がすごいワケ
実際に「メリハリをつけた歩行は飽きない」と感じる人が多く、能勢さんがNPO法人熟年体育大学と連携して研究した結果では、1日1万歩を目標とした半年間の継続率が60%と報告をされています。一方、インターバル速歩の場合、5カ月で95%という高い継続率だったそうです。
「私自身も、デスクワークに行き詰まったときなどにインターバル速歩をすると、その後1〜2時間は脳が覚醒して決断力が向上し、仕事の処理が速くなります。夜もよく寝られるし、食事もおいしい。体力がつけばフットワークも軽くなり、意欲も増すというように、生活全体にメリハリができて、心も体も好循環に入っていくのです」と、能勢さんは話します。
そんなインターバル速歩の効果は、科学的にも検証されています。
数千人を対象にした研究の結果、下のような効果が認められています。ウオーキングより運動効率が高く、ジョギングほどきつくないインターバル速歩は、体力がついた、見た目が変わったという実感を得られやすいようです。
開始 1日目 | 脚や下半身がすっきり感じる、適度な運動なので気分が良い |
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1週間 | 汗をかきやすくなる、夏でも体が涼しく感じられる |
2週間 | 姿勢がよくなったと感じる、肥満傾向の人は体重が1kg 程度減少し始める |
1カ月 | 以前より軽快に歩ける、体調がよくなったと感じる、歩かないと気持ち悪くなる |
2カ月 | 肌に張りが出る、血圧や血糖値の数値がよくなる、お尻まわりがすっきり感じられる |
3カ月 | 体が疲れにくくなる、腰や膝の軽い痛みが取れる、体重に減少傾向が見られる |
4カ月 | 足の格好がよくなる、肌がつるつるしてくる、鬱々する日々が減る |
5カ月 | 高血圧、糖尿病が数値的に改善、下肢筋力がアップする |
1年 | 風邪を引きにくくなる、山登りなどハードな動きも楽しめる |
また、インターバル速歩を5カ月程度続けると、生活習慣病(血圧・血糖値・肥満・中性脂肪)の改善にも有効であることが分かりました。特に、低体力の人ではどの生活習慣病の
膝や股関節などの関節が痛い人も、現状維持を目標に調子を見ながら続けると約50%の人が改善しました。各自の体力に合わせればよいので、病気療養中や要介護の人も取組めます。
インターバル速歩の歩き方
インターバル速歩の基本は「さっさか歩き(速歩)3分」と「ゆっくり歩き3分」を1日5セット×週4日(図2)。これをライフスタイルに合わせてアレンジしましょう。
- さっさか歩き(速歩)
3分間 -
歩いていて息が上がるが、会話はできるくらいの速さが目安。
背筋を伸ばしてしっかり腕を振り、全身を使うつもりで大股で歩く。 - ゆっくり歩き
3分間 -
散歩のようなゆるやかなペース、いつもの歩幅で。
3分の計測にはストップウオッチや腕時計を活用して。
歩く前には、ストレッチを行うと筋肉がよく伸びて動きやすくなり、運動効果が上がります。ケガの予防のためにも、特にふくらはぎのストレッチ(図3)だけでも行いましょう。
歩くときは「自分の最大体力の70%」がポイント。70%の強度は心拍計などで測れば正確ですが、「ややきついが歩いていて会話ができる程度」の感覚を目安に。一定の距離を歩くのにかかった時間の記録も参考になります。速歩の合計タイムが週に60分(インターバル全体なら120分)以上になれば、一度に歩いても、小分けにして歩いてもよいのが特徴です。
最大体力の70%以上の強度の運動を1週間に60分というのがポイントですから、1日15分から始めてもよいですし、平日に歩くのが難しい人は土日にまとめて歩いても構いません。
特別な道具は必要なく、いつでもどこでも一人ででき、歩き方を少し変えるだけでよいので手軽に取りかかりやすいのが「インターバル速歩」。どんなライフスタイルにも組み込みやすいのが大きなメリットです。
インターバル速歩で体力を維持し、高血圧や糖尿病、肥満などの生活習慣病を予防してみませんか。
疾患予防医科学系専攻
スポーツ医科学講座 教授
京都府立医科大学医学部医学科卒業後、京都府立医科大学・助手・第一生理学教室勤務。1985年米国イエール大学医学部John B. Pierce研究所へ博士研究員として留学。93年京都府立医科大学助教授、95年信州大学医学部附属加齢適応研究センター・スポーツ医学分野教授。2004年NPO法人熟年体育大学リサーチセンター・理事長就任。06年厚生労働省「運動所要量・運動指針の策定検討会」委員就任。12年から現職。