健康マメ知識
2023.01.13

「がん家系」って本当にあるの?

~知っておきたい、がんと遺伝の関係~
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「がん家系」という言葉を聞くことがありますが、実際に、がんは遺伝するのでしょうか。近年では、遺伝的にがんになりやすい体質かを調べる検査も行われており、その結果を踏まえて治療や検査の方針を決める場合もあります。がんと遺伝の関連性について、がん研有明病院臨床遺伝医療部長の植木有紗先生に伺いました。

がん発症は遺伝だけが
要因とは限らない

がんは、遺伝子に傷が積み重なり、遺伝子が本来の機能を失うことが、発症の主な原因と考えられています。遺伝子に傷ができる要因には、大きく分けて以下の3つがあると考えられています。

  • 1.加齢
  • 2.環境要因(喫煙、過度の飲酒、食生活や運動などの生活習慣、発がん物質への曝露(ばくろ)、特定のウイルス感染など)
  • 3.遺伝的要因

つまり、遺伝はがん発症の要因の一つではありますが、遺伝だけが原因で発症するわけではありません。加齢や環境要因といった後天的な要因でがんを発症する人のほうが圧倒的に多くなっています。がん患者のうち遺伝的要因が大きいと考えられる人の割合は、がんの種類によって異なりますが、大腸がんや子宮体がんでは約3%で、最も遺伝の影響を受けるとされる卵巣がんでも約15%といわれています。

遺伝ががん発症の一つの要因になるということは、「がんになりやすい体質は遺伝することがある」ということです。遺伝的にがんになりやすい体質を受け継いでおり、それをもとに発症するがんのことを「遺伝性腫瘍」といいます。代表的な遺伝性腫瘍としては、

  • 遺伝性乳がん卵巣がん(BRCA1またはBRCA2という遺伝子に病気の原因となる変化がある状態。乳がんや卵巣がんの発症リスクが高い)
  • リンチ症候群(MLH1MSH2MSH6PMS2という4つの遺伝子のうち1つに病気の原因となる変化がある状態。大腸がんや子宮体がんなどの発症リスクが高い)

などがあります。

一般的に、遺伝性腫瘍の家系には、次のような特徴があります。

  • 若いうちにがんに罹患した人がいる
  • 特定のがんに罹患した人が多くいる
  • 何回もがんに罹患した人がいる

遺伝性腫瘍が親から子どもに遺伝する確率は50%です。親が遺伝性腫瘍であっても、子どもが必ずその体質を受け継ぐわけではありません。また、遺伝性腫瘍の場合はがんの発症リスクが高いですが、全員が必ずがんを発症するというわけではありません。

家族の中でがんを発症した人が多い場合に「がん家系」ということがありますが、これは必ずしも遺伝性腫瘍とは限りません。医学的には「遺伝性腫瘍」と「家族性腫瘍」に分けて考えます。「遺伝性腫瘍」の特徴に当てはまらないものの、家系の中にがん患者が多い場合は、「家族性腫瘍」と考えられます。家族内で同じような食事を摂っている、ヘビースモーカーがいて家族全員が影響を受けているなど、遺伝子の変化ではなく家族内で共有している環境要因によって、家系内でがんが多くなっている状態です。

遺伝性腫瘍について調べる
遺伝学的検査

がん発症に関係する遺伝子の変化を有しているかどうかは、遺伝学的検査(血液検査)で調べることができます。一部のがんでは対象となる遺伝子のみ保険適用となります。それ以外でも、遺伝学的検査が自分自身や家族の健康管理に繋がり、メリットが大きいと考えられる場合は、保険適用外でも実施されることがあります。

遺伝学的検査のメリットは、遺伝性腫瘍であることを知ることで、早いうちに検診を受けるなどの対策ができることです。また、親が遺伝性腫瘍と診断されている場合でも、親から病気の原因となる変化を受け継いでいない可能性もあるため、結果が安心に繋がることもあります。一方で、がんになりやすい体質だと知ることで、自分や家族、親戚までの影響を不安に感じることになる可能性もあります。社会的な不利益が生じないよう、情報の取り扱いには注意が必要です。

がんと遺伝について正しい情報を得たうえで、必要な人が納得して遺伝学的検査を受けられるように、検査前に遺伝カウンセリングを受けることが可能です。遺伝カウンセリングでは、家系内で誰がどのがんに罹患したのか家系図を作成して、遺伝の影響が疑われるかどうかを見極めます。遺伝性腫瘍が疑われ、遺伝学的検査を検討する場合には、遺伝性腫瘍だと分かった場合にどのようなアプローチを取るか、先のシナリオまで検査前に話し合います。遺伝カウンセリングを実施している医療機関は、全国遺伝子医療部門連絡会議や、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構のWebサイトで調べられます。がん治療中の場合は、まず主治医の先生に相談しましょう。

検査結果は前向きに捉えて
積極的に健康管理を

遺伝学的検査の結果、遺伝性腫瘍だと判明した場合、がん治療中であれば治療方針が変わることがあります。例えば、遺伝性腫瘍の患者は何度も同じがんに罹患することがあるため、手術の際に通常より広い範囲を切除したり、臓器を全摘したりすることで、現在のがんを取り除くだけでなく、再びがんが発生するリスクを下げるための処置を行うことがあります。どの遺伝子に変化があるかによって、使える薬が変わる場合もあります。

また、遺伝性乳がん卵巣がんの人で、既に乳がんか卵巣がんに罹患した人では、乳房と卵巣の予防的なリスク低減切除術が保険適用となります。がんになっていない乳房や卵巣をあらかじめ切除するもので、将来に向けた健康管理の方法の一つといえます。

がんを発症していない場合も、早期発見・早期治療のための対策を始めることが重要です。遺伝性腫瘍の場合、若いうちにがんを発症するリスクが高いため、一般に検診が推奨される年齢よりも若いうちから、定期的に詳細な検査を受けることが勧められます。何歳からどのぐらいの頻度でどのような検査を受けるべきかは、それぞれの遺伝性腫瘍ごとに異なり、ガイドラインなどで定められています。きちんと継続して検査を受けることが大切です。

がんの発症には環境要因も影響します。たばこは吸わない、お酒はたしなむ程度にする、健康的な食生活を心がける、運動を継続的に行う、といったことは遺伝性腫瘍の有無に関係なく、誰にとっても大切です。がんになりやすい体質だと分かっているのであれば、なおさら生活改善を確実に続けて、健康を維持するように心がけましょう。

がんになりやすい体質が遺伝していることが分かると、不安になったり怖くなったりする人もいるかもしれません。しかし、私たちの体には2万種類の遺伝子が存在していて、誰もが何らかの遺伝的変化を受け継いでいます。がんになりやすい体質だと分かったということは、早くから早期発見・早期治療のための対策を行えるというメリットがあります。前向きに捉えて、正しい情報に基づいたアプローチを考える機会にしてほしいと願っています。

植木 有紗 がん研有明病院 臨床遺伝医療部長

2004年慶應義塾大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、慶應義塾大学病院産婦人科学教室に入局し関連病院勤務を経て、2019年慶應義塾大学病院臨床遺伝学センター・腫瘍センター、2021年より現職。産婦人科専門医・指導医、臨床遺伝専門医・指導医、遺伝性腫瘍専門医・指導医。専門は遺伝性腫瘍、遺伝カウンセリングなど。遺伝学的診断に基づいた健康管理の意義について、医療者・患者・一般市民への情報発信に取り組んでいる。

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