虫歯や歯周病は治療しているのに口臭が気になる、腸内環境を整えるような食生活を意識しているのに便秘や下痢などおなかの不調がなかなか改善しない・・。こうしたトラブルに「舌の汚れ」が関係していることが分かってきました。舌が汚れる原因や、簡単で効果的な舌みがきの方法について、鶴見大学歯学部探索歯学講座の花田信弘名誉教授に伺いました。
舌にすみついた悪玉菌が
口臭の発生源
成人の口の中には、300~500種類の
舌や口の中の汚れ、口臭、虫歯、歯周病などの原因となるのは悪玉菌です。悪玉菌は増殖すると、ネバネバとした膜のような集合体「バイオフィルム」を形成します。このバイオフィルムが歯の表面や歯と歯茎の間に付着したものを「
悪玉菌の温床になりやすいのは、歯の表面や歯と歯茎の間よりも、舌の表面です。舌表面の粘膜には「
歯垢を除去するためには、毎日の歯みがきが欠かせません。歯みがきは子どもの頃から習慣になっている人も多いでしょう。一方で、舌苔を落とすための「舌みがき」はどうでしょうか?
虫歯や歯周病などの治療をしているのに口臭が改善しないという場合は、舌苔が付着していないかチェックしてみましょう。鏡を見て、舌の中央部が白くなっているなら、舌苔に覆われているということなので要注意です。
唾液とともに飲み込む
口腔細菌が病気の一因かも!?
舌で繁殖した悪玉菌は全身の健康にも影響します。唾液1mlに含まれる口腔細菌は約1億個に及びます。1日に分泌される唾液の量は1,000~1,500mlなので、およそ1,000~1,500億個の口腔細菌を毎日飲み込んでいることになります。
口腔細菌に含まれる悪玉菌の一つである虫歯菌や歯周病菌は、歯のトラブルの原因になるだけでなく、体内に入り込むことでさまざまな生活習慣病や関節リウマチ、認知症、うつ病などのリスクを高めることが、多くの研究から分かっています。
口腔細菌は、次のような部位に影響を及ぼします。
- 1.血管
虫歯によってできた穴や、歯周ポケット(歯と歯肉の間の溝)から血管へ侵入し、全身の血管に炎症を起こします。血管の壁が傷つくことで血管が狭くなったり、血栓(血液の塊)ができたりします。血管が詰まって、脳梗塞や心筋梗塞を発症することもあります。 - 2.肺
唾液や食べ物を飲み込む際に食道ではなく気管に入る「誤嚥 」によって、口腔細菌が一緒に肺に入り込み、肺炎を起こすことがあります(誤嚥性肺炎)。 - 3.腸
近年の研究で、口腔細菌が腸に直接影響を及ぼして腸内細菌のバランスを乱すことや、クローン病、潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患の発症リスクを高めること、大腸がんの発症と進行に関与していることが明らかになってきています。便秘や下痢、腹痛などのおなかの不調も、口腔細菌が影響していると考えられています。
舌の表面が汚れているほど、唾液に含まれる悪玉菌が多くなり、飲み込む菌の量も増えることになります。口腔環境を整えることはもちろん、全身の健康を保つためにも、常に舌をきれいに保つことがとても大切です。
専用の舌ブラシやガーゼで
優しく舌みがきを
毎日の習慣としてぜひ取り入れたいのが、舌みがきです。舌みがきを効果的に行う主なポイントは次の3つです。
- 1.専用の舌ブラシ、またはガーゼを使用して優しくなで下ろす
舌の粘膜はとても繊細なので、歯ブラシでゴシゴシこすると傷つける原因になります。過度にみがくと味覚に影響が及ぶ場合もあります。専用の舌ブラシやガーゼを使用して、優しくみがきましょう。 -
■専用ブラシを使用する場合舌表面の中央部にブラシを当て、奥のほうから舌先に向かって、優しく数回なで下ろします。舌先から奥のほうにブラシを動かすと、細菌を喉に押し込んでしまうことになるので避けましょう。
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■ガーゼを使用する場合利き手の人さし指に水で湿らせたガーゼを巻き、舌表面の中央部を奥のほうから舌先に向かって優しく拭います。
- 2.舌みがきのタイミングは起床直後がベスト
唾液の分泌が減少する就寝中は、口腔内の細菌が増えやすい状態です。起床後、そのまま朝食をとると、夜間に繁殖した口腔細菌を飲み込んでしまうことになります。
朝起きたらまず歯みがきをして、その後に続けて舌みがきを行うのがおすすめです。歯みがきをするとバイオフィルムやそのかけらなどで舌が汚れるので、舌みがきは歯みがきの後に行いましょう。 - 3.鏡を見ながら行い、舌がきれいなピンク色になるのを確認する
鏡を見ながら、舌の汚れている部分をみがきます。舌苔の付いていないところまでみがく必要はありません。舌がきれいな薄いピンク色になったら、舌苔が取り除かれたサインです。なかなかピンク色にならないからといって何度も舌表面をこするのは避けましょう。一度で完璧にきれいにしようとするよりも、毎日の習慣として続けることが大切です。
食べ物の選び方や食事の仕方でも
舌の汚れは予防できる
口の中の汚れを防ぐためには、歯みがき+舌みがきのセルフケアに加え、毎日の食事に気をつけることも大切です。特に、次のような食生活を意識しましょう。
- □食物繊維を多く含む歯ごたえのある食べ物を、生のまま食べる
セロリやニンジン、キャベツ、キュウリ、リンゴなど、不溶性食物繊維が豊富な野菜や果物を生のまま食べると、歯垢や舌苔を自然と取り除くことができます。加熱してやわらかくすると口の中の汚れを落とす効果は得られなくなるので、できるだけ生のまま食べるのがおすすめです。 - □食べ物は30回以上かんでから飲み込む
よくかむことで“天然の洗口剤”ともいえる唾液の分泌が促され、口の中のお掃除効果が高まります。味覚の向上や肥満の予防、胃腸の不調改善、滑舌の改善といったさまざまな効果も期待できます。 - □おいしいものをリラックスして食べる
自分が好きな食べ物やおいしいと思える料理は、味覚を刺激し、唾液の分泌を促進します。リラックスして食事を楽しむことも、口腔環境を健やかに保つことにつながります。
なお、時間のないときなどに、殺菌作用のある洗口剤(マウスウォッシュ)で口の中を洗浄することがあるかもしれません。しかし、一日に何度も使用すると、口の中の善玉菌まで減らしてしまう可能性があります。口の中のウイルスや細菌などを除去する意味で、帰宅後のうがいのときなどに使用する場合は、ある程度の効果が期待できますが、根本的な汚れ落としには歯みがきと舌みがきをセットで行うことが基本です。
舌と歯を清潔に保ち、全身の健康を維持しましょう。
1953年福岡県生まれ。九州歯科大学歯学部卒業、同大学院修了。米国ノースウェスタン大学博士研究員、九州歯科大学講師、岩手医科大学助教授、国立感染症研究所部長、九州大学教授(厚生労働省併任)、国立保健医療科学院部長を経て、2008年鶴見大学歯学部探索歯学講座教授、2021年同名誉教授に就任。この間、健康日本21計画策定委員、新健康フロンティア戦略賢人会議専門委員、内閣府消費者委員会委員、日本歯科医学会学術研究委員会副委員長などを歴任。『毒だし!舌みがき』(河出書房新社)など著書多数。