脇の下の痛みや乳房の一部にしこりのようなものを感じ、「もしかして、乳がん?」と不安を感じたことのある女性は多いのではないでしょうか。胸や脇の痛みなどの自覚症状がある場合は、乳がん以外の原因であることも多いそうです。胸や脇周辺の痛みなど、気になる症状にどう対処すれば良いのか、昭和大学医学部乳腺外科教授の中村清吾先生に伺いました。
ほぼ痛みがない乳がん
乳房の痛みの原因は?
乳房に痛み(乳房痛)を感じ医療機関を受診する人は多くいますが、初期の乳がんは痛みがほとんどありません。「乳腺分泌がん」という乳頭からの分泌物や痛みを伴う乳がんもありますが、1%未満とごく稀です。乳房に痛みがある場合は、別の原因である可能性が高いのです。
主な原因として以下のものがあります。
- 1.乳腺の変化
- 2.心臓など他の内臓の病気
- 3.肋骨と軟骨の継ぎ目の炎症
- 4.肋骨の間にある筋肉や神経
乳腺の変化
最も多いのは「乳腺症」が原因の痛みです。これは女性ホルモンの影響によって起きる生理的な変化で、幅広い年代の女性に見られる身近な症状です。毎月の生理(月経)周期に伴い、排卵期から生理直前までの時期に子宮内膜が増殖して厚くなります。この時期に女性ホルモンが影響して、乳房の内部にある乳管、
しこり、分泌物がある場合も
乳腺症は、必ずしも病気ではなく生理的な変化とする見方もありますが、乳がんと見分けることは重要ですし、治療が必要になるケースもあります。
中には、しこりや分泌物などの変化を示す場合もあり、次のような症状があります。
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乳管が袋のように膨らんで中に水が溜まり、触れるとしこりのように感じます。大きさはさまざまですが、基本的に大きくても治療は不要です。痛みがひどい場合は、嚢胞に針を刺して中の水を抜く処置をします。
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20〜30代に多い良性の腫瘍です。表面が滑らかで弾力性のあるしこりで、生理前などに痛みを生じることがあります。直径2〜3cmくらいのウズラの卵型で、特に治療の必要はありません。ただし、再発を繰り返すうちに悪性化することもある「葉状腫瘍」との判断が難しい場合もあるため、3cmを超えるものは外科手術で取り除くこともあります。
● 乳管内乳頭腫
血液の混じった分泌物が乳首から出る場合、約7割は「乳管内乳頭腫」という良性のポリープが原因です。乳管内乳頭腫に似た、分泌物の一部が乳管の外ににじみ出るような乳がんが3割程度あるので、超音波検査や組織をとる針生検での診断が必要です。
乳腺症の場合、生理4〜7日目の時期になると、女性ホルモンによる刺激が最も少なくなるため、胸の張りが取れて痛みも治まってくることがほとんどです。周期によらず痛みが続く、しこりが触れるといった場合は、乳腺外科など専門の医師に相談すると良いでしょう。
また、乳腺から起こる痛みとしては、乳腺に炎症が起こり痛みが出る「乳腺炎」もあります。乳腺炎の原因は、一つは細菌感染、もう一つは出産後に母乳を出している過程でうまく乳汁が出せず、うっ滞する「うっ滞性乳腺炎」が代表的です。うっ滞性乳腺炎の場合は、乳房マッサージをして乳汁を排出することが大切です。重症になると、抗生物質による治療が必要になることもあります。
心臓・肺・筋肉・神経などが
痛みの原因の場合も
胸の痛みの原因には、乳房以外にも心臓や肺など内臓の病気によるもの、脇の下から胸部に沿った筋肉や筋膜、神経などが考えられます。
心臓など他の内臓の病気
心筋梗塞・狭心症などの心疾患で胸痛が起こることがあります。また、稀に子宮内膜症で
肋骨と軟骨の継ぎ目の炎症
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肋骨と胸骨をつないでいる継ぎ目の肋軟骨に炎症を起こすことがあります。肋軟骨炎、別名「ティーツェ病」とも呼ばれ、胸骨のうちどちらか片側の、硬い骨と骨の間に痛みが生じます。1〜2ヵ月で自然に治まりますが、長引く場合は内科の受診をお勧めします。
肋骨の間にある筋肉や神経
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肋骨に沿って走る神経がなんらかの原因で痛む「肋間神経痛」は、チクチク、あるいはズキズキとした短い痛みが特徴です。肩こりや同じ姿勢を続けることなどで肋骨周辺の筋肉が硬くなると、肋間神経の付け根を圧迫して痛みを起こすことがあります。
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鎖骨と第一肋骨の間に走る神経が圧迫されることにより、痛みを生じることがあります。例えば、腕を上げる姿勢を取った時に神経が挟まれて痛みを自覚することが多く、重症になると第一肋骨を部分的に削る手術が必要な人もいます。
月に1度のセルフチェックを習慣にして
万が一のリスクに備える
1ヵ月に1度、定期的に自分で乳房を触り、確認するセルフチェックの習慣を持つことが大切です。セルフチェックは、生理終了後1週間~10日の間に行います。閉経後の方は、毎月一定の日を決めてチェックしましょう。毎月、セルフチェックをしていると、1円玉(直径2cm)以下のしこりに気付くことがあります。セルフチェックでは普段と違う異変に気付ける意識を持つことが大切です。
リスクに備えるために、セルフチェックや定期的な検診を欠かさないことが大切です。乳腺専門のクリニックも増えており、「東京ブレストコンソーシアム」(https://breastcons.com)のウェブサイトで東京周辺において連携するセンター病院とクリニックを調べることができます。
痛みやしこりなどの自覚症状がある場合、油断は禁物です。気になる場合は医療機関を受診しましょう。
1982年千葉大学医学部卒業。同年より、聖路加国際病院外科にて研修。1997年M.D.アンダーソンがんセンター他にて研修。2005年6月より聖路加国際病院ブレストセンター長、乳腺外科部長。2010年6月より現職。日本外科学会理事、日本乳癌学会監事、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会監事、ASCO(The American Society of Clinical Oncology)会員、NPO法人日本乳がん情報ネットワーク代表理事。日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構理事長。