知っておきたい病気・医療
2020.08.14

そもそもウイルスって何だろう?

〜感染症の原因を知り、正しい対策を〜
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新型コロナウイルス感染症(病名:COVID-19)に加え、風邪やインフルエンザなど、他の感染症の存在も気になります。ウイルスだけでなく、細菌や真菌しんきん、寄生虫なども感染症の原因となります。そもそも、ウイルスとはどんなものなのでしょうか。ウイルスの基本的な特徴や感染症の予防について、東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス病態制御分野の川口 寧教授に伺いました。

ウイルスだけではない
感染症の原因

感染症とは、感染症を引き起こす原因である病原微生物が、ヒトや動物などの宿主に感染して起こす病気のことを言います。病原微生物の中には、ウイルス、細菌、真菌(カビの仲間)、寄生虫が含まれます。

感染症には、さまざまな種類があります(以下表)。よく知られている風邪やインフルエンザ、肺炎のような呼吸器感染症や、ノロウイルスのように主に胃腸の症状が現れるもの、風邪のウイルスと同じアデノウイルスにより引き起こされる発熱や結膜炎(プール熱)などもあります。
マラリア、結核、エイズが世界3大感染症とされ、ウイルスだけでなく、細菌や寄生虫による感染症も世界的には大きな課題となっています。

■主な病原微生物と感染症の例 主な病原微生物と感染症の例

ウイルス、細菌、真菌の違い

では、ウイルス、細菌、真菌は、どう違うのでしょうか。特徴を見てみましょう。

  • 大きさ
    基本的にウイルスは数十nm(ナノメートル)〜数百nmとされ、細菌と比べてもはるかに小さいものです。μm(マイクロメートル)を単位とする一般的な細菌の100〜1000分の1程度の大きさです。
  • ウイルス、細菌、真菌、ヒト細胞の大きさ
  • 構造
    ウイルスは遺伝子とタンパク質の殻という単純な構造をした粒子です。大きさや形も種類によりさまざまで、ウイルスによっては殻の周りに脂質膜を持つものもあります。一方、細菌や真菌は細胞壁や細胞膜など細胞の構造を持っています。
  • 感染・増殖方法
    細菌・真菌は細胞を持っており、栄養があれば自分で細胞分裂をして倍々に増えていくことができます。
    一方、ウイルスは単独では何も起きず、宿主の細胞に依存する形で増殖します。ウイルスが宿主の細胞に感染して遺伝情報を放り込むと、宿主の細胞の酵素またはウイルス由来の酵素によって転写され、宿主の細胞がその情報を自分の遺伝情報であると認識し、タンパク質を作り、新しいウイルスを増殖させていきます。そのため、宿主の細胞が1つでも、1個のウイルスから一気に数百〜数千個に増えていきます。
    遺伝情報を持って子孫を残すという点では生物のように思われる面がありますが、細胞ではないという点で、細菌や真菌とは大きく違います。

ウイルスと感染症の関係は?

人間には全く病気を発症させず、完全に共存しているウイルスもたくさんあります。ウイルスは体の中に常に一定程度存在していて、その中の一部が病気を引き起こします。
例えば、ヘルペスウイルスは9種類ありますが、通常は何も起こさず共存していて、体の抵抗力が落ちた時に症状を起こしたり、他の人にうつったりします。

一方、新型コロナウイルス感染症のように、未知のウイルスがパンデミック(世界的大流行)を起こすというのは別次元の話です。新しく発生したウイルスは共進化(※)の時間が短いので、例えばコウモリやブタなどの動物由来のウイルスがヒトに感染するようになるなど、種の壁を越えて人獣共通感染症となると、感染力が強くなりパンデミックにつながります。最近になって、こうした新しい感染症が出現するようになり、これらを総称して「新興感染症」と言います。

※共進化:2種以上の生物が、寄生や共生、捕食や競争関係などの相互作用を通じて、適応し進化すること。

森林開発などによりこれまで接触することがなかった動物と接触する確率が増えたり、グローバル化が進み、人や物の行き来も大量・迅速になったりしたことで、海外で発生した新しい感染症も短期間で世界中に広まるようになっています。今後も未知のウイルスや新たな感染症が発生する可能性は否定できません。

主な新興感染症

  • SARS(重症急性呼吸器症候群)
  • 鳥インフルエンザ
  • ウエストナイル熱
  • エボラ出血熱
  • クリプトスポリジウム症
  • クリミア・コンゴ出血熱
  • 後天性免疫不全症候群(HIV)
  • 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)
  • 腸管出血性大腸菌感染症
  • ニパウイルス感染症
  • 日本紅斑熱
  • バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)感染症
  • マールブルグ病
  • ラッサ熱
出所:国立感染症研究所

ウイルスの治療は
抗ウイルス薬

私たちは、ウイルスとどう付き合っていけば良いのでしょうか。
パンデミックを起こすようなウイルスを除いて、何らかの症状を引き起こすようなウイルスについては、日頃から手洗いなどで感染を予防し、万が一感染症に罹患した場合は適切な治療薬で治療します。ウイルスには抗ウイルス薬、細菌には抗菌薬(抗生物質)、真菌には抗真菌薬を用いて、病原体を体から排除します。
抗生物質は種類も多く、よく使われますが、ウイルスには効果がないばかりか、乱用すると耐性菌ができてしまいますので、必要最小限の使用にとどめることが大切です。
細菌の細胞とヒトの細胞には大きな違いがあるので、その違いを標的として、細菌を殺してヒトの細胞にはあまり影響を与えない薬は、比較的簡単に作ることができます。一方で、ウイルスは宿主の細胞機構を使って増殖するため、ウイルスの活動を止めると宿主の細胞まで活動を止めることになり、大きな副作用が出てしまいます。そのため、抗ウイルス薬は開発が難しく、特効薬がないウイルスも多いのが現状です。それでも、ウイルスが出す特別な酵素を阻害する薬剤などが抗ウイルス薬として開発されています。また、ウイルスが細胞に侵入することをブロックするような効果がある薬もあります。
新型コロナウイルス感染症に関しても、膵炎の治療薬として知られるフサン(ナファモスタット)が原因ウイルス(SARS-CoV-2)の細胞侵入を阻害することが報告され、治療への貢献が期待されています。

感染症予防に有効な
消毒・手洗い・マスクを忘れずに

一般的な感染症の対策は、ワクチンや抗ウイルス薬を利用できるものは利用すること、うつしたり、うつされたりすることをできるだけ防ぐことです。消毒、手洗い、マスクなどはそのための有効な手段です。
ウイルスの中には脂質膜を持っているもの(インフルエンザウイルス、コロナウイルスなど)と持っていないもの(ノロウイルス、アデノウイルスなど)があります。脂質膜があるものは、アルコールで膜が固定化されてしまうため、アルコール消毒によって増殖を防ぐ効果が期待できます。膜を持たないウイルスに対してアルコールは無効のため、次亜塩素酸での消毒が必要になります。
手洗いの時には、石けん(界面活性剤)を用いれば、脂質膜を壊すので効果的です。また、手洗いは物理的にウイルスを洗い流すという効果も大きいので、流水で20〜30秒以上洗うことで膜を持っていないウイルスも流すことができます。

マスクについては、自分が感染するのを100%予防する効果はありませんが、会話するだけでも飛沫が飛ぶことが分かっており、話している時に他人にうつすことを防ぐことができます。暑い時期は熱中症に気を付けながら、状況に応じてマスクを着用することが大切です。

「感染しない、人にうつさない」を
地道に続ける

新型コロナウイルス感染症について言えば、世界中で治療薬やワクチンの開発も進められており、やがてインフルエンザや風邪のように「かかっても対応できる病気」になっていくというのが一つの出口と考えられます。それまでは、かかってしまった人に対しては、既存の薬を転用するなどで重症化や死亡を防ぐ治療が行われます。
また、ワクチンは健康な人に打つため、治療薬と比較して副作用のハードルが高く、実用化までにはまだ時間がかかると思われます。その間、一人ひとりができることは、噂や思い込みに振り回されずに、手洗い、消毒、マスク、3密を避ける、ソーシャルディスタンシングなどの対策を続け、「感染しない、人にうつさない」ことです。

また、注意していただきたいのは、感染した人を責めないことです。責める風潮があると感染源を隠す人も増え、また情報が出なくなって対策が遅れるという悪循環に陥ります。誰も自分が感染したくて感染するわけではなく、知らない間に感染してしまうものなので、「誰もが同じ立場になり得るのだ」と他者を思いやることも、一人ひとりができる大事な心掛けと言えるでしょう。

川口 寧 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス病態制御分野 教授

1992年東京大学 農学部 獣医学科卒業。 1995年東京大学 農学生命科学研究科 獣医学専攻博士課程修了、博士(獣医学)取得。シカゴ大学博士研究員、東京医科歯科大学 難治疾患研究所助教授、名古屋大学大学院助教授を経て、2005年東京大学 医科学研究所 感染症国際研究センター ウイルス学分野 准教授。2011年から現職。

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