新型コロナウイルスのワクチン接種を機に、よく聞かれるようになった言葉の1つが「アナフィラキシー」でしょう。「重症化すると命に関わる可能性があるので怖い」というイメージがありますが、体の中では何が起こっているのでしょうか。アナフィラキシーの原因や症状、対処法などについて、帝京大学ちば総合医療センター 第三内科(呼吸器)の山口正雄教授に伺いました。
複数の臓器や全身に
短時間でアレルギー症状を発症
アナフィラキシーとは、アレルゲン(アレルギーの原因物質)が体内に入ることで、短時間のうちに、複数の臓器や全身にアレルギー症状が現れ、過敏な反応を示すことです。重症化すると、血圧の低下や意識障害、失神などを伴い、すぐに治療をしないと生命に危険が及ぶ可能性があります。この状態を「アナフィラキシーショック」と呼びます。
日本アレルギー学会の『アナフィラキシーガイドライン』によると、以下の3項目のうち、いずれかに該当した場合に、アナフィラキシーと診断されます。
- 1.皮膚(全身の発疹、じんましん、赤み、かゆみなど)や粘膜(唇や舌の腫れ・むくみなど)の症状が数分から数時間の経過で速やかに現れ、さらに呼吸器症状(息切れ、呼吸するとゼーゼーヒューヒューという音がするなど)あるいは循環器症状(血圧低下、意識障害など)のうち少なくとも1つの症状がある。
- 2.アレルゲンと疑われるものが体内に入った後、数分から数時間以内に、皮膚・粘膜症状、呼吸器症状、循環器症状、持続する消化器症状(激しい腹痛や嘔吐など)のうち2つ以上の症状がある。
- 3.既にアレルゲンとわかっているものが体内に入った後、数分から数時間以内に血圧が低下する。
アナフィラキシーの
主な原因は?
アナフィラキシーを起こす主な原因として、次のものが挙げられます。
卵、牛乳、小麦、そば、ピーナッツなどのナッツ類、果物、大豆(豆乳)、納豆、牛肉など特定の食べ物、エビやカニなどの甲殻類、サバ、マグロなどの魚類を摂取したときに起こる食物アレルギーによって、アナフィラキシーが生じることがあります。アナフィラキシーの原因の中で、最も症例数が多いことが知られています。
特に、乳幼児期や学童期に発症することが多いのですが、成人でも小麦、魚類、甲殻類、果物などによるアナフィラキシーが見られます。また、サバ、アジ、イカ、イワシなどに寄生するアニサキスも、成人のアナフィラキシーの原因として、複数報告されています。
このほか、アレルギーの原因となる食品を食べた後に運動をすることで生じる「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」のように、二次的要素が加わることでアナフィラキシーの症状が出る場合もあります。主な原因は、小麦と甲殻類です。
抗菌薬や解熱鎮痛剤、局所麻酔薬、造影剤などの薬も、アレルギーの原因になります。
通常の量を服用した後に何らかの異常が現れる場合には、薬物アレルギーの可能性も考えましょう。次回服用した際に重度のアナフィラキシーを引き起こさないためにも、気になる症状がある場合は速やかに医師や薬剤師に相談することが大切です。
なお、医薬品の副作用による重篤な健康被害が生じた場合に、医療費などの給付を行う公的な制度「医薬品副作用被害救済制度」も設けられています。もしものときのためにぜひ覚えておくと良いでしょう。
スズメバチやアシナガバチなどの蜂に刺されることで、アレルギー反応を起こしたり、場合によってはアナフィラキシーショックを起こしたりする危険があります。蜂毒によるアナフィラキシーショックは、刺されてから短時間で発症することが多く、医療機関から遠く離れた地域で起こる例も見られます。2019年には、年間11人が蜂に刺されて命を落としています(厚生労働省「令和元年人口動態調査」)。
また、頻度は高くありませんが、ダニ、アリ、ムカデなどによる虫刺されや、クラゲなどの海洋生物による刺傷が原因となる場合もあります。さらに、調理粉製品の中で繁殖したダニによってアレルギー反応を起こし、アナフィラキシーを発症する場合もあります。開封した調理粉類は冷蔵保存し、早めに使い切るようにしましょう。
天然ゴムの原材料であるラテックスに含まれるたんぱく質に反応して、アナフィラキシーを発症する場合があります。ラテックスはゴム手袋やゴム靴、ゴム草履、風船、避妊具などの日用品や医療用手袋、カテーテルなどに使用されています。
また、ラテックスアレルギーの人は、類似物質が含まれる栗やバナナ、アボカド、キウイなどの果物を摂取することによってアナフィラキシーを起こす場合があり、「ラテックス-フルーツ症候群」と呼ばれています。
誰にでも起こるアナフィラキシー
万一の場合の対処法
アナフィラキシーは、年齢や性別を問わず、誰にでも起こる可能性のある疾患の一つです。精神的ストレスや過度の疲労を抱えているとき、睡眠不足が続いているとき、成人の場合はアルコールを飲んだとき、女性の場合は月経前など、体調が万全ではないときに、アナフィラキシーを起こしやすい傾向が見られます。
アナフィラキシーは、前述のような原因物質を避けることで、予防できます。しかし、アナフィラキシーは原因がはっきりしない場合も多いため、いつどのように発症するか予測することが難しい場面も多く見受けられます。過去にアナフィラキシーを起こしたことがある人は、アドレナリン自己注射剤を処方してもらい、万一に備えて携帯すると良いでしょう。
また、自分自身だけでなく、周りの人に異変が生じることもありえます。アナフィラキシーの大きな特徴の一つに、短時間で急激に症状が現れることが挙げられます。もし身近な人のアナフィラキシーの症状に気がついたら、その場で迅速に対処することが必要です。まず、すぐに周囲の人に声をかけ、救助に協力してもらいましょう。救急車を速やかに呼ぶことも重要です。
アナフィラキシーを起こしている人を仰向けに寝かせて、両足を15~30cmくらいの高さに上げます。これは血圧の急激な低下を防ぐためです。吐き気や嘔吐がある場合は、顔と体を横に向けます。急に起き上がると失神を起こす危険があるので、本人が起き上がろうとしても制止して、救急車を待ちましょう。
なお、アナフィラキシーの症状は複数の臓器に生じるため、皮膚科や内科、耳鼻科など、どの診療科を受診すれば良いのかわからないという場合があるかもしれません。下記サイトなどを参考に、地域のアレルギー疾患拠点病院を事前に調べておくと良いでしょう。
医学博士。1987年東京大学医学部卒業。1989年同大学物療内科入局、1994年米国ボストンBeth Israel Hospital留学、1998年東京大学アレルギー・リウマチ内科助手、講師を経て、2009年帝京大学医学部内科学講座呼吸器・アレルギー学准教授、2011年教授。2020年より帝京大学ちば総合医療センター第三内科(呼吸器)教授。専門は呼吸器・アレルギー学。日本内科学会認定医・総合内科専門医・指導医、日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本アレルギー学会アレルギー専門医・指導医、日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医・指導医。