多忙な仕事や複雑な人間関係、自分を取り巻くさまざまな環境など、何かとストレスの多い現代社会。こうしたストレスが一因となって急増している病気のひとつに「過敏性腸症候群」があります。「ただ胃腸の調子が悪いだけ」と思い込んでいる人も意外に多いというこの病気。具体的な症状や改善策について、鳥居内科クリニック院長の鳥居明さんに伺いました。
緊張するとおなかが
痛くなる人は要注意
重要な会議やプレゼンテーションの前など、緊張するとおなかが痛くなる。通勤途中で急におなかが痛くなりトイレに駆け込む。腹痛を伴った便秘や下痢が続く。
これらは典型的な「過敏性腸症候群(IBS=irritable bowel syndrome)」の症状のひとつです。
過敏性腸症候群とは、大腸に腫瘍や潰瘍などの病気がないにもかかわらず、慢性的におなかの痛みや不快感(おなかが張るなど)、お通じの異常などが数ヵ月以上続くときに疑われる病気で、下記の診断基準が国際的に用いられています。
- □腹痛が最近3ヵ月のなかの1週間につき、少なくとも1日以上は生じる。
- □下記、3つの便通異常のうち、2つ以上の症状を伴う。
- ・排便に関連する。
- ・排便頻度の変化に関連する。
- ・便形状の変化に関連する。
-
6ヵ月前より症状が発現し、最近の3ヵ月は上記の基準を満たす必要がある。
年代的には10~40代が多く、男性よりも女性の方が1.5~2倍ほど多いのが特徴です。また、女性は便秘あるいは便秘と下痢を繰り返すタイプが多く、男性は下痢になりやすい傾向がみられます。
腸と脳は密接に関係し
情報を送り合っている
なぜ、緊張やストレスを感じるとおなかが痛くなるのでしょう。
その理由は、「脳腸相関」と呼ばれる、腸と脳の密接な関係にあります。
腸と脳は、消化器や循環器、呼吸器などの活動を24時間調整する働きをもつ自律神経を介してつながっています。
中枢神経系(脳)と消化器官(腸)との遠心性神経(※1)と求心性神経(※2)による双方向の効果について、解説したものです。
※1 中枢からの興奮を末梢へ伝導する神経。
※2 末梢からの刺激や興奮を中枢へ伝達する神経。
腸は、食べ物を消化・吸収した後、不要なものを便として体の外に排せつします。このときに必要になるのが、便を押し出すために収縮する腸の運動機能と、その腸の変化を感じ取る腹部の神経の知覚機能です。
腸の運動機能と知覚機能は、脳と腸の間の情報交換によってコントロールされています。
脳にストレスが加わると、ストレスホルモンが分泌されて腸へと情報が伝わり、腸の収縮運動が激しくなります。腸の動きが過剰に速くなると下痢になり、遅くなると便秘になります。腹部の神経が知覚過敏状態になることで、おなかの痛みや張りなどを感じやすくなり、過敏性腸症候群の症状が表れるのです。
※ ヒトの腸管内で、多種多様の腸内細菌が集まり、バランスを保ちながら共存している状態。腸内フローラとも呼ばれている。
他の病気が隠れていないか
正しい診断を受けることが必要
日本の人口の10~20%の人が過敏性腸症候群の症状を持っていると言われていますが、実際に医療機関を受診する人はその3分の1程度であるのが現状です。
排便すると症状がやわらいだり、緊張やストレスを感じたときだけ痛みを感じたりすることが多いことから、「一時的におなかの調子が悪いだけ」「もともと胃腸が弱い体質なのだから仕方がない」などと自己判断をしている人が少なくありません。
おなかの痛みや下痢、便秘が続くことはQOL(生活の質)を低下させる一因となります。3ヵ月~半年くらい症状が続いている場合には、消化器内科や心療内科など、過敏性腸症候群の診療を行っている医療機関を受診することをお勧めします。
過敏性腸症候群の診断には、先に挙げた「IBS診断基準(ローマIV基準)」を用いますが、さらに、がんなどの悪性疾患や炎症性腸疾患などを発症していないかについても調べるため、便潜血反応検査(※)を行います。異なるタイミングで2回検査し、2回とも陰性であれば、大腸ポリープや大腸がんといった出血を伴う病気はないと診断されます。便潜血反応検査で出血が確認された場合は、大腸内視鏡検査を行います。
※ 排せつされた便の中に血液の反応があるかどうかを調べ、出血の有無を確認する検査。
過敏性腸症候群と診断された場合には、食生活や生活習慣などの生活指導や薬物療法が行われます。
便秘になりやすい人の食事は野菜や豆類、海藻類など食物繊維の多い食品を、下痢になりやすい人の食事は、おかゆやうどん、豆腐、白身魚など消化がよく、油っぽくない食品を中心にします。
また、十分な睡眠をとり、朝はできるだけ決まった時間に起きるのが基本です。規則正しい生活によって、排便のリズムも整います。
薬物療法では、下痢になりやすいタイプ、便秘になりやすいタイプのどちらにも便の水分バランスを調整する薬が用いられています。個人差はありますが、一般的に2~4週間ほど服用すると症状は改善します。なお、症状によっては心理療法が用いられる場合もあります。
自分の体の状態について正しく理解することが治療の一歩です。過敏性腸症候群は長くつきあう必要がある病気なので、医師との信頼関係を築くことも治療のうえでとても重要です。
下記の項目に当てはまる場合は別の病気の可能性もあるので、できるだけ早く消化器内科などを受診しましょう。
- □過去に大腸の病気にかかったことがある
- □家族の中に大腸の病気にかかった人がいる
- □食事の量は変えていないのに体重が減ってきた
- □血便や発熱がある
「75点主義」で
がんばりすぎるのをやめよう
ストレスによっておなかが痛くなりやすい人の多くに、仕事もプライベートも100点満点を目指してがんばっている姿が見受けられます。いつも真摯にがんばることができるのはとても素晴らしいことです。
しかし、「がんばったのに100点がとれない」「思うような結果を出せない」と自分で思いつめてしまうことが、ストレスの原因になっていることは少なくありません。
そこでお勧めしたいのが「75点主義」です。75点で合格と思えば、気持ちがぐんとラクになるはずです。無理せずリラックスして物事に取り組めるようになり、結果的にストレスも軽減されるでしょう。
また、適度に体を動かす習慣も大切です。運動が苦手な人でもすぐに始められるウォーキングは、過敏性腸症候群のコントロールにも最適です。歩くことで自律神経のバランスが整い、脳内でストレスをコントロールする働きをもつ神経伝達物質「セロトニン」の分泌が促進されるためです。さらに、腸の収縮運動も活発になり、お通じが順調になる効果も期待できます。
ストレスを溜めこまず、規則正しい生活を心掛け、腸の健康を保ちましょう。
東京慈恵会医科大学医学部卒業。神奈川県立厚木病院(現・厚木市立病院)医長、東京慈恵会医科大学附属病院診療医長、東京慈恵会医科大学助教授を経て、鳥居内科クリニックを開設。現在、東京都医師会理事。日本内科学会、日本消化器病学会(評議員)、日本消化器内視鏡学会(支部評議員)、日本消化管学会(評議員)、日本神経消化器病学会(理事)、日本平滑筋学会(評議員)所属。