更年期症状や月経に伴う症状、婦人科系がんなど、女性特有の健康課題による社会全体の経済損失は年間約3.4兆円、そのうち更年期症状によるものは1.9兆円に上る――。2024年2月に経済産業省がこのような試算を発表し、注目を集めています。定年延長など女性の雇用期間も長くなる中、更年期をいかに過ごすかは重要なテーマです。女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長の高尾美穂先生に、更年期についての基礎知識や、更年期の症状との向き合い方などについて伺いました。
更年期に突入したサインとは
女性の心と体の健康には、女性ホルモンのエストロゲンが大きく影響しています。卵巣から分泌されるエストロゲンの量は初潮を迎える10代頃から急激に増加し、性成熟期(妊娠や出産に適した時期)と呼ばれる20代から40歳頃までほぼ一定の分泌量が保たれます。40代後半になるとエストロゲンの分泌量は急激に減少し、50歳前後で閉経を迎えるとほとんど分泌されなくなります。
女性ホルモンの分泌量の変化については、こちらの記事もご参照ください。
つらい症状は女性ホルモンの影響!?~女性に多い病気と対処法~
閉経とは、卵巣の活動が停止し、月経が起こらなくなった状態をいい、最後の月経から1年間月経がなかった場合、閉経したと判断できます。つまり、最後の月経があった時の年齢が、閉経年齢です。
更年期は、閉経前の5年と閉経後の5年を合わせた10年間を指します。40歳頃から閉経を迎えるまでは、エストロゲンの分泌が不安定になり、それに伴い、月経に次のような変化が起こってきます。
- □月経の周期が乱れ、短くなったり長くなったりする
- □月経の期間が短くなる(早く終わる)
- □出血がだらだらと続き、長引く
- □経血量が少なくなる。大量に出血することもある
月経の状態には個人差がありますが、年齢と共に上記のような変化を感じるようになってきたら、更年期に入ったと考えられます。
このような月経の変化は、まだ更年期世代ではない人も、将来のために知っておくと安心です。
更年期症状と更年期障害はどう違う?
更年期には心身共にさまざまな症状が生じることが知られていて、代表的な症状は次のようなものがあります。
- □ホットフラッシュ(ほてり、のぼせ、発汗)
- □
動悸 、息苦しさ - □手足や腰の冷え
- □手のこわばり、関節・筋肉の痛み
- □骨密度の低下
- □コレステロール値の上昇
- □肌や目の乾燥
- □疲労感、不眠
- □イライラ、抑うつ気分
こうした更年期に起こるさまざまな症状を「更年期症状」といい、「更年期障害」は、日常生活に支障をきたすほど重い状態を指します。似たような症状をきたす他の疾患ではないことを確認してからの診断となります。いずれも主観的な感覚が重要であり、個人差も大きいのが特徴です。
なぜ更年期症状や更年期障害が起こるのでしょう。それは、女性の体のさまざまな器官に働きかけるエストロゲンの減少が関係しています。
心身の健康に関わるエストロゲンの主な働きを見てみましょう。
- □LDL(悪玉)コレステロールの生成を抑制し、コレステロールを適正に保つ
- □古い骨を吸収する細胞と新しい骨を作る細胞をコントロールし、骨を丈夫に保つ
- □血管をしなやかに保ち、動脈硬化を防ぐ
- □副交感神経を優位にし、リラックスモードに導き、メンタルを安定させる
- □コラーゲンの生産を促し、肌のうるおいを保つ
ただし、更年期世代の不調だからといって、必ずしもエストロゲンが関係しているとは限りません。
「更年期のせいで調子が悪い」と決めつけるのではなく、別の病気の可能性がないかなど、不調の原因をきちんと探すことが大切です。
不調の予防や改善につなげるステップ
20代、30代ではほとんど病気にならなかった人でも、年齢と共にさまざまな病気のリスクが増えてきます。そういう意味でも更年期は、自分の健康状態を見つめ直すための大事なチェックポイントの時期に当たります。
更年期症状や更年期障害の対策として、次のようなステップで考え、相談するなど行動につなげていくことが、効果的です。
不調や困っていることをそのままにしないで、「どうしたら改善できるのか」と考えることは、実はとても大切です。インターネットやメディアなどのさまざまな情報も参考になりますが、そういった一般的な情報だけに頼らず、専門的な知識を基にアドバイスしてくれる医師に相談することも、重要な一歩です。
治療の知識をアップデート
日常生活に支障をきたすほど症状が重い更年期障害はもちろんですが、更年期症状かどうかの判断がつきにくいなど、体の変化に気づいたタイミングで婦人科を受診するのも、大事な行動の一つです。
更年期症状や更年期障害に対し、減少したエストロゲンを薬で補い、症状を改善する「ホルモン補充療法(HRT)」と、その人の体質や症状に応じた漢方薬を用いて不調を改善する漢方治療の2つが主な治療法です。
中でも「ホルモン補充療法(HRT)」は、安全性や効果の高さが科学的に認められています。内服薬だけでなく皮膚から吸収させる経皮吸収剤も登場し、乳がんや脳卒中、血栓症などのリスクや副作用は飲み薬に比べて低いとされています。
一方で、乳がんを経験した人、治療中の人は「ホルモン補充療法(HRT)」を受けられません。血栓症や心筋梗塞、脳卒中の既往がある人、重症の肝臓病の人も同様です。
なお、「ホルモン補充療法(HRT)」は5年以内の使用なら、乳がんのリスクはほとんどなく、それ以上の使用に関しても、乳がんのリスクは生活習慣による発がんのリスクと同程度、もしくはそれ以下になります。
「ホルモン補充療法(HRT)」を検討すると、治療を始めるにあたっていくつかの検査をすることになります。それによって、病気がないことを確認できたり、気づいていなかった病気を早期発見できたりすることができます。
閉経前後の10年はエストロゲンの変動に伴う“揺らぎ”の時期ですが、特に閉経以降はエストロゲンの欠乏により血管や骨への影響が大きくなります。健康長寿を妨げる要因となる動脈硬化や骨粗しょう症のリスクが高くなるため、血液検査や骨密度検査を定期的に受けるようにしましょう。
メンタルが揺らぐ理由を探る
更年期はメンタルが大きく揺らぐ時期でもあります。人によっては「閉経したら女性としてもう終わりなのだ」などネガティブな感情を抱き、落ち込むケースも見られます。
一方、月経がつらかった人にとっては「やっと終わった」と思えるわけなので、更年期や閉経の捉え方によって、気持ちのあり方も変わってくるといえます。
更年期のメンタルの揺らぎにはエストロゲンの影響もありますが、それ以外の要素もたくさんあるものです。
今ちょっと落ち込んでいるなと思ったら、「睡眠をとってリセットしよう」「身近な人に話を聞いてもらおう」など、自分で気持ちを切り替える方法があれば実行してみましょう。
職場に求められる更年期対策
昨今は「働く女性の健康課題」に取り組む企業が増えてきています。不調を抱えたまま仕事をしていると、本人のパフォーマンスが落ちるだけでなく、周囲にもその影響が及びます。そうしたときにお互いをカバーできるのが、企業というチームで働く大きなメリットの一つです。
更年期だけでなく、年齢と共に体の状態が下り坂になるのは自然なことです。上り調子を目指すのではなく、「まあまあ調子が良い」状態を保ち続けていきましょう。そのほうが気持ちも楽になり、生活の質の向上にもつながるはずです。
医学博士。産婦人科医。婦人科スポーツドクター。働く女性の産業医。東京慈恵会医科大学大学院修了後、同大学附属病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て現職。音声配信プラットフォームstand.fm「高尾美穂からのリアルボイス」で、「日々をより良く生きる」お話を発信。『悩み・不安・困った!を専門医がスッキリ解決 更年期 そして自なりたい自分に近づく方法』(新星出版社)など著書多数。