健康マメ知識
2025.05.09

気づかないうちに進む「脳の疲れ過ぎ」にご用心

~早めのリカバリーで脳疲労を解消~
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2024年、英国オックスフォード大学出版局による「今年の言葉」に選ばれた「ブレインロット(脳腐れ)」。オンライン上にあふれる低品質なコンテンツを大量消費することにより、精神的または知的能力が低下することを表す言葉です。実際、スマートフォンの見過ぎなどで脳の疲れを感じている人は多いのではないでしょうか? 脳が疲れ過ぎるとどうなるのか、脳の疲れをため込まないためにはどうすればいいのか、公立諏訪東京理科大学 工学部情報応用工学科 特任教授(脳科学、健康教育学)の篠原菊紀先生に伺いました。

心や身体に脳の疲れが出ていませんか?

脳の疲れは心や身体に表れます。日ごろの生活で、以下のような症状を感じることはありませんか?まずは、今のご自身の状態を把握しましょう。

【認知機能】 

  • 記憶力が悪くなった(ついさっきのことを思い出せない)
  • 集中力が続かない(仕事や作業が手につかない)
  • 判断力が鈍っている(ミスが増える、物事の優先順位が分からない)

【身体の状態】 

  • 頭がボーっとする、重い感じがする
  • パソコンやスマートフォンの画面を長時間見続けた後など、目が疲れたり、乾燥したりする
  • 睡眠を取っても疲れが抜けない、日中も眠気や倦怠感(けんたいかん)がある

【感情・メンタル】 

  • イライラしやすい
  • やる気が出ない
  • ストレスがたまりやすい

上記はいずれも、脳の疲労が蓄積すると起こりやすくなる症状です。スマートフォンの長時間使用をはじめ、長時間の集中作業など休憩を取らずに脳を使い続けると、脳は疲れた状態になります。「脳腐れ」とは、こうした状態の一種です。

例えば、仕事で必要な企画を一生懸命考えているのにも関わらず一向に良いアイデアが浮かばない、といった状況も脳が疲労すると起こりやすくなります。その背景には、脳に備わる3つのネットワーク(回路)があります。

  • 1.デフォルトモードネットワーク(DMN)
    脳がぼんやりしているオフ状態の時に働く
  • 2.セントラルエグゼクティブネットワーク(CEN)
    脳が課題などに集中しているオン状態の時に働く
  • 3.サリエンスネットワーク(SN)
    デフォルトモードネットワークと、セントラルエグゼクティブネットワークを切り替える

このうち、1 のデフォルトモードネットワークは、アイデアやひらめきと関わる神経活動で、脳の働きがフル回転していないとき、休んでいるときに活性化します。つまり、集中するだけでなく、休憩を取って脳をぼんやりさせる時間を持たないと良いアイデアは浮かびにくいのです。

良いアイデアが浮かばない、集中できないのは自分の根気が足りないからではなく、そもそも脳は疲れたら休まなければならない構造であることを認識しておきましょう。

そもそも脳は疲れるようにできている

脳の活動にはさまざまな物質が関わっています。最も代表的な「アデノシン」は、脳の神経細胞が活動した際に副産物として生成される物質で、脳の覚醒レベル(緊張や興奮状態のレベル)を下げる働きがあります。

神経細胞の活動によって脳内に蓄積されたアデノシンの量が多くなると、眠気を引き起こしたり、疲労感が高まったりします。つまり、活動して脳が疲れてきたら休ませようとする機能が、もともと身体には備わっているのです。

眠気を覚ます作用があるといわれるカフェインは、体内でアデノシンが神経を鎮める作用を発揮するために、結合しなければならない場所(受容体)に結合します。カフェインにより、アデノシンは受容体に結合できなくなり、神経を鎮める作用が妨げられます。その結果、神経が興奮して覚醒し、一時的に疲労感が軽減されるのです。

いずれにしても、脳には「これ以上頑張れない」というラインがあり、それを超えそうになると自然と疲れる仕組みになっています。だからこそ、そのサインに従って適切に休むことが必要です。

■脳の疲労に関与する代表的な物質 脳の疲労に関与する代表的な物質

手軽で効果的!上手に脳を休ませる方法

脳を休ませるためには、いくつかの方法があります。例えば、仕事中や長時間の集中作業のときには次のことを心がけるとよいでしょう。

  • 25分間の作業と5分間の休憩を繰り返す時間管理術「ポモドーロ・テクニック※1」を実践
  • 1時間に1回は席を立ってストレッチをする
  • デジタル機器を使用した後は目を閉じたり、遠くを見たりして目を休める

また、健康的な生活習慣の要である睡眠、運動、食事(栄養)は、脳のためにも大切です。

※1 集中する時間と休憩時間を繰り返すことで、仕事のペースを生み出す時間管理術の一つ

  • 【睡眠】
    質より量が大事です。できるだけ7~9時間の睡眠を確保するように努めましょう。また、就寝時間を一定にする、寝る前にスマートフォンやゲームで脳を興奮させないこともポイントです。
  • 【運動】
    時々軽く運動をすることで、脳の血流が良くなり、認知機能の維持につながります。
    特にウォーキングやジャンプなどの有酸素運動やスクワットなどの筋トレがおすすめです。
  • 【食事(栄養)】
    野菜や魚が豊富なバランスの良い食事は、認知機能低下および認知症の予防にもつながります。DHA・EPA(サバ、イワシなどの青魚類)、ビタミンB群(豚肉、レバー、ナッツ)、マグネシウム(バナナ、アーモンド)など、脳の働きをサポートする栄養素をバランス良く摂取しましょう。

特にDHA・EPAはサプリメントではなく食品からの摂取がすすめられています。青魚にはDHA・EPAが多く含まれていて、例えばサバの場合、サバ缶1缶に可食部100g当たりDHAは970mg、EPAが690mg含まれています。青魚やお肉などは普段の食事から摂取できることから、サプリメントの補助的な摂取よりも長期的な健康効果が期待できます。

また、脱水状態になると脳の働きが低下しやすいので、水分不足にならないよう気を付けましょう。

その他にも、前述のデフォルトモードネットワークを働かせるには、リラックスする時間をつくることも重要です。散歩や瞑想(めいそう)、入浴など、自分の好きな方法でリラックスするようにしましょう。

生成AIを活用した情報整理も有効

インターネットやSNSをはじめ、さまざまなメディアからの情報を過剰に摂取していることも、脳疲労を引き起こす大きな要因の一つです。対策としては、そうした情報源にアクセスする時間をなるべく減らすことが第一です。そのための一つの手段として、生成AIによって必要な情報を自動的に要約できるサービスを利用して情報を整理すると、インターネットやSNSに費やす時間の削減につながります。

さらに注目したいのが、脳の前頭前野の働きの一つである「ワーキングメモリ」です。作業記憶、作動記憶とも呼ばれ、作業や動作に必要な情報を一時的に記憶し、処理する機能があります。

脳のメモ帳のような機能ですが、その容量には限界があり、一度に使えるのはメモ帳3~4枚分程度と考えられています。仕事や家事なども3~4工程くらいで計画を立てると、脳への負担を減らしながら効率良くパフォーマンスを発揮できるでしょう。

■ワーキングメモリ脳のイメージ ワーキングメモリ脳のイメージ

また、気になることや不安なこと、モヤモヤ、イライラすることなどがあるときもワーキングメモリが正常に働かないため、脳の疲労度が増したり、記憶力の低下につながります。ネガティブな気持ちや思考を外に出すという点でも、生成AIの活用がおすすめです。利用するサービスにもよりますが、最近は生成AIの精度が高くなり、かなり的確な回答が得られるようになってきています。

脳のことを理解して、脳腐れを解消するように心がけましょう。

篠原 菊紀 公立諏訪東京理科大学 特任教授(脳科学、健康教育学)、人システム研究所所長

東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科修了。公立諏訪東京理科大学教授、医療介護健康工学部門長などを経て現職。メディアへの出演・監修などを通じ、脳科学の知見を発信。『ハマりスイッチで 勉強が好きになる』(高橋書店)2024、『何歳からでも間に合う 脳を鍛える方法』(徳間書店)2024、『脳の鍛え方見るだけノート』(宝島社)2024、など著書、監修多数。

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