メディアなどで「エクソソーム」という言葉を見聞きしたことはありませんか?エクソソームとは、私たち人間を含むあらゆる生物の細胞から放出されている身近な物質の一つです。特別なものではなく、普段口にしている野菜や果物などにも含まれています。そのエクソソームが体の中でどんな働きを担っているのかQ&Aで解説します。エクソソームとがんの研究で世界をリードする東京医科大学医学総合研究所・分子細胞治療研究部門特任教授の落谷孝広先生に伺いました。
Q:エクソソームとはどんなもの?
A:
エクソソームは、地球上のあらゆる生物の細胞から放出される、カプセルのような物質です。直径100ナノメートル(1ミリメートルの1万分の1)前後のごく小さなカプセルの中には、放出元の細胞から送り出された“メッセージが書かれたカード”が詰め込まれています。エクソソームは血液や体液に乗って全身を巡り、指定された宛先にその“カード”を届けます。
“カード”の中身は、たんぱく質を合成するメッセンジャーRNA(mRNA)や膜たんぱくの一種・テトラスパニン類など多種多様です。そのうちの一つであるマイクロRNA(miRNA)は、エクソソームの行き先の細胞の遺伝子に働きかけます。そして代謝や血流の促進といった行動を起こさせます。
つまり、エクソソームが運ぶ“カード”によって、肝臓の細胞から脳の細胞へ、腎臓の細胞から甲状腺の細胞へ、というようにさまざまな細胞間で情報伝達が行われているのです。
エクソソームが介する細胞間の情報伝達によって臓器が適切に働き、健康な状態が保たれているといえます。ただし、エクソソームが伝える情報は、必ずしも健康に寄与するものだけではなく、老化やがんの転移に関わるマイナスの情報なども含まれています。
Q:エクソソームは食品の細胞からも放出されている?
A:
エクソソームは、私たちが口にする食品の細胞からも放出されています。食品を摂取することで体内に入ったエクソソームがどのような影響を与えているかについては研究途上で、現段階でははっきり分かっていません。ただ、腸内細菌に良い影響を与えている可能性があるなどの報告も増えています。エクソソームが多く含まれるものとして、次の食品が挙げられます。
- □牛乳
牛乳由来のエクソソームの研究で、口から摂取した食品に含まれるエクソソームは胃酸で分解されずに腸まで届くことが報告されています※1。 - □旬の野菜、果物
野菜や果物にはビタミンやミネラル、食物繊維、抗酸化物質のポリフェノールなど多様な栄養素が含まれていることはよく知られています。一方、あまり知られていませんでしたが、実はエクソソームも多く含まれます。旬の時期には野菜や果物の栄養価が高くなるように、含まれるエクソソームの量も増加すると考えられています。 - □ドラゴンフルーツなど南国産の果物
強い紫外線を浴びて育った南国産の果物に含まれるエクソソームは、強力な抗酸化作用を持っています。紫外線から私たちの肌や体を守るための“自然の恵み”の一つと考えられます。 - □味噌やしょうゆ、納豆などの発酵食品
味噌やしょうゆ、納豆といった日本の伝統的な発酵食品には、腸内環境の改善などの健康効果があることが知られています。発酵は酵母菌や乳酸菌などの微生物がデンプンやたんぱく質を分解し、糖やアミノ酸に変化させる作用です。このとき、微生物は分解だけをしているのではなく、食品の栄養素から影響を受けてエクソソームを分泌しています。
※1: Hui Yang,et al. Milk-derived exosomes in the regulation of nutritional and immune functions.Food Sci Nutr.2024 Aug 21;12(10):7048-7059.
エクソソームの研究が進んだのはこの15年ほどですが、長い間、私たちはこのような身近な食品からエクソソームの恩恵を受けてきたといえます。なるべく生鮮食品や未加工食品を積極的に取るのがおすすめです。
Q:エクソソームで病気を治療できる?
A:
細胞間の情報伝達を担うエクソソームは、再生医療分野での応用が期待されています。再生医療とは、事故や病気で損傷した組織や臓器をステムセル(stem cell:幹細胞)の力で修復する治療法です。
近年の研究で、骨髄や脂肪などに存在する「
※2: Katsuda T,Kosaka N,Takeshita F,Ochiya T.The therapeutic potential of mesenchymal stem cell-derived extracellular vesicles.
Proteomics.2013;13(10–11):1637–1653.doi:10.1002/pmic.201200373 PMID: 23335344
再生医療分野におけるファーストインヒューマン(FIH:ヒト初回投与)試験は米国や欧州、中国などで進んでいますが、日本でも初めて変形性膝関節症の患者に対する特定臨床研究が行われ、一定以上の効果が認められたことがニュースになりました※3。幅広い医療への応用を目指し、国内外での研究が進められています。
※3: 湘南鎌倉総合病院 2026年6月17日プレスリリース「エクソソームによる変形性膝関節症への本邦初の特定臨床研究を終了しました」https://www.skgh.jp/news/145738/
Q:エクソソームとがんの関係は?
A:
残念ながら、エクソソームには悪い面もあります。細胞間の情報伝達ツールであるがゆえに、広がってほしくない情報が伝達されてしまうことがあるのです。その結果、発症のリスクが高くなるのが、がんの転移です。
がんは、正常な細胞が何らかのストレスや遺伝子の変異などを受け、がん細胞に変異することで発生します。がん細胞はどんどん増殖し、周囲の組織に広がります。血液やリンパの流れに沿って離れた臓器に移り、そこでまた大きくなっていきます。これを転移といいます。
なぜこうしたことが起こるのか。この15年ほどに行われた世界中の複数の研究で分かってきた大まかなメカニズムは次の通りです。
がん細胞はエクソソームによって、転移の“地ならし”をするわけです。この仕組みを逆手にとり、次のような転移の予防策が考えられています。
- 1.エクソソームの放出を止める(エクソソームの分泌自体を止める)
- 2.エクソソームを除去する(放出されたエクソソームを除去する)
- 3.エクソソームが転移先の細胞に取り込まれるのを阻害する
こうしたエクソソームの制御ができれば、転移を減らせる可能性が高まると期待が寄せられています。がんを発症しても適切な治療を受けながら、日常生活を長く送り続けることが可能になる日が近いかもしれません。
Q:エクソソームでがんを早期発見できる?
A:
がんは早期に発見し、適切な治療を受ければ治癒が期待できる病気です。一方でがん検診の受診率は低く、早期発見が難しいという現状があります。そこで近年注目されているのが、エクソソームを用いた「リキッドバイオプシー」です。リキッドバイオプシーとは、少量の体液(血液や尿、唾液など)から特異的な物質を検出する診断技術です。
血液や尿、唾液、涙液、汗などのあらゆる体液に含まれるエクソソームには、体の中で起こっている変化が反映されています。つまり、リキッドバイオプシーで体液中にどのようなエクソソームが流れているのか調べれば、もしがんなどの病気があった場合、早期の診断につながる可能性があります。すでに米国FDA(アメリカ食品医薬品局)では、前立腺がんのリスクを評価する尿中エクソソーム検査「ExoDx Prostate IntelliScore (EPI)」を推奨しています。
がんだけでなく、認知症や循環器疾患、感染症などの早期発見にもエクソソームの活用が期待されています。近い将来、ほんのわずかな血液や体液から、がんやほかの病気の兆候を見つけ、適切な治療を早く始めることで健康に長生きできる時代がやってくるかもしれません。
Q:エクソソームは美容やアンチエイジングに効果的?
A:
美容やアンチエイジングへの効果についても、現在研究が進められているところですが、間葉系間質細胞などの健康な細胞から分泌される“善玉”のエクソソームには、次のような働きを持つと期待されているものもあります。
- □ダメージを受けた皮膚の組織を修復する
- □皮膚の最も外側にある表皮(角層)のバリア機能を整える
- □皮膚の奥にある真皮のコラーゲンやエラスチンの産生を促進し、シワやたるみを防ぐ
- □メラニンの合成を抑え、シミを防ぐ
こうしたエクソソームの持つ美容効果に着目し、ヒト幹細胞やドラゴンフルーツなどの植物由来のエクソソームが配合された化粧品が近年増えています。植物由来のエクソソームには抗酸化・抗炎症成分が多いのが特徴です。ただし、化粧品なので「美白」「シワ改善」といった効能・効果はうたっていません。
なお、美容クリニックなどでは、エクソソームを含むとされる細胞培養液の上澄み(培養上清液)を用いた自由診療を行うところも増えていますが、中には非常に高額でありながら、実はエクソソームがほとんど含まれていないケースも見られます。治療を受ける際には、治療法のエビデンスや安全性、リスクなどについて、担当の医師に詳しく確認することが大切です。
美容だけでなく、全身の老化予防や健康維持のためには、定期的な運動や質の良い睡眠も大切にしましょう。運動によって筋肉が刺激されるとエクソソームの分泌が促進されるほか、睡眠中に認知症の原因となる脳のゴミ(老廃物や有害物質)をクリーニングする際にもエクソソームが働いている可能性があります。“善玉”のエクソソームをうまく活用できるような生活を続けていきましょう。
医学博士。日本細胞外小胞学会会長。米ラホヤがん研究所(現SFバーナム医学研究所)ポストドクトラルフェロー、国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野主任分野長などを経て現職。エクソソームとがんの研究で世界をリードする一人。『「がん」は止められる 指令物質をコントロールする医療革命』(河出書房新社)などの著書がある。
