知っておきたい病気・医療
2026.10.09

【西原広史先生監修】
広がる「がん遺伝子パネル検査」

~一人ひとりに合った治療に導く新手法~
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一人ひとりに適した治療法を選択する「個別化治療」が、がん医療においても広がっています。その方法として近年注目されているのが、大量のがん関連遺伝子の変異を一度に解析し、がんの原因となる遺伝子変異に適した薬剤を探し出す「がん遺伝子パネル検査」です。従来の遺伝子検査との違いや検査費用などについて、慶應義塾大学医学部教授でがんゲノム医療センター長の西原広史先生に伺いました。

がんは遺伝子の異常による病気

がんは、多様な遺伝子の異常が積み重なることで発症する病気です。
私たちの体を構成する細胞は約37兆個あり、その一つひとつの中に「核」があります。遺伝子(DNA)は核の中に存在し、「体の設計図」の役割を担っています。遺伝子の設計図をもとに必要なタンパク質が作られ、細胞の働きが維持されています。

しかし、何らかの要因で遺伝子に傷がついて変化してしまうことがあります。これを「遺伝子変異」といいます。細胞には傷ついた遺伝子を修復する機能が備わっています。ところが修復機能がうまく働かず、遺伝子が変異したまま蓄積すると、がん化してしまう場合があります。

すべての遺伝子変異が、がんの原因になるわけではありません。近年の多くの研究で、がんの発症に強く関わる遺伝子(がん関連遺伝子)の存在が明らかになっています。これまでに数百種類のがん関連遺伝子が見つかっています。

がんの発症に関わる2つの遺伝子

がんの発症に関わる遺伝子は、「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」に大別されます。

■がんの発生に関わる2種類の遺伝子 がんの発生に関わる2種類の遺伝子

がん遺伝子とがん抑制遺伝子の変異が同時に起こると細胞が異常に増殖し、正常な組織を破壊するようになります。その結果、がんが生じやすくなります。
がんの原因は、こうしたがん関連遺伝子の変異だけではありません。HPV(ヒトパピローマウイルス)やピロリ菌といったウイルスや細菌の感染によって生じる遺伝子変異の蓄積、DNA修復遺伝子の異常、DNAメチル化異常(遺伝子そのものの変異ではなく「メチル基」という小さな単位のパーツの付き方が乱れる)などもがんの発生に関わることが、多くの研究で明らかにされています。

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1つの薬の有効性を調べる「コンパニオン診断」

こうした遺伝子変異などのがんの特徴に合わせて、一人ひとりに適した治療を行う「個別化治療」が、2000年代に入ってから広がってきています。がんの発生や増殖に関わるタンパク質などの分子をターゲットとして攻撃する「分子標的薬」を用いた治療はその一つです。

例えば、日本人の肺がん(非小細胞肺がん)ではEGFR(上皮成長因子受容体/細胞の表面にあるタンパク質で、がん細胞の増殖の促進に関わる)の遺伝子変異が多く見られることから、EGFRに対する阻害薬が開発され、肺がんの分子標的薬として用いられています。

ただし、EGFR阻害薬の効果があるのは、同じ肺がんでもEGFRの遺伝子変異がある場合に限られます。すべての肺がんに効くというわけではありません。

そこで、EGFR阻害薬が効きそうかどうかを判断するため、患者さんのがん組織や血液を用いてEGFRの遺伝子変異などを調べる検査が行われています。これを「コンパニオン診断(Companion diagnostics;CDx)」といいます。「薬が効く可能性のある遺伝子変異があるかを調べる」という1対1対応で行われる検査で、肺がんだけでなく様々ながんにおいて、特定の薬の効果を事前に確認するのに使われています。

対象となる遺伝子変異が見つかれば、その薬を用いた治療が行われます。一方、対象となる遺伝子変異が見つからない場合はその薬は使用されません。

一人の患者さんに対する分子標的薬の有効性や安全性の確認に優れた検査ですが、候補となる薬が複数ある場合はそれだけ検査の回数が増えることになります。そこで、1回の検査で複数の薬の適応を調べる方法が登場しました。

2019年に非小細胞肺がんを対象に承認された「マルチコンパニオン診断(マルチCDx)」は、1回の検査で複数の遺伝子やバイオマーカー(タンパク質など、薬の適応の目印になる物質)を同時に調べ、数個~数十個の分子標的薬の有効性をまとめて判定することが可能です。現在は、非小細胞肺がん以外にも、甲状腺がんや乳がんなどで使われています。

“がんの性格”を見る「がん遺伝子パネル検査」

コンパニオン診断およびマルチコンパニオン診断が特定の分子標的薬の効果をピンポイントで調べるのに対し、がんに関わる数十~数百種類の遺伝子を網羅的に解析し、その結果から適切な治療法を探るのが「がん遺伝子パネル検査」です。「がんゲノムプロファイリング検査」ともいいます。患者さん一人ひとりのがん細胞に生じている遺伝子変異や特徴を網羅的に調べることから、“がんの性格”そのものを見るための検査ともいえます。

生検や手術などで採取したがん組織や血液を、「次世代シーケンサー」という遺伝子解析装置を用いて調べます。次世代シーケンサーによって、大量のゲノム情報(DNAのすべての遺伝情報)を高速で読み取り、解析することが可能になりました。

がん遺伝子パネル検査では、コンパニオン診断では分からなかった遺伝子変異が見つかる可能性があります。検査の結果はエキスパートパネルと呼ばれる専門家集団の会議で検討し、適切な治療法を提案します。治療薬の候補には、保険適用外の分子標的薬や臨床試験(治験)の薬剤も含まれます。

さらにがんの悪性度の評価や予後の予測、最初に発生した臓器が確定できない「原発不明がん」についての究明など、検査結果の幅広い活用も期待されています。一方で、がん遺伝子パネル検査を受けてもがんの原因となる遺伝子変異が見つからない、また、見つかった遺伝子変異に適応する治療薬が見つからないなど、治療につながらないケースもあります。
国立がん研究センターの報告では、がん遺伝子パネル検査の結果、新たな治療の選択肢を提示したのは44.5%です※1。

※1: 出典:よく分かるがんゲノム医療とC-CAT(国立がん研究センター)
https://for-patients.c-cat.ncc.go.jp/knowledge/cancer_genomic_medicine/about.html

保険適用で検査を受けられる条件

がん遺伝子パネル検査は、下記の条件いずれかを満たす場合のみ健康保険が適用されます(2026年9月1日現在)。

  • 1.標準治療がない、または標準治療が終了した、もしくは終了が見込まれる固形がん
    (標準治療=科学的根拠に基づき現時点で最も推奨される治療法)
  • 2.造血器腫瘍、または類縁疾患
    (白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫など)
  • 3.希少性がん、原発不明がん

どの段階で標準治療が終了(もしくは終了見込み)なのか、患者の全身状態が検査を受けられる状態かどうかは、担当医による判断が必要です。

また、保険診療によるがん遺伝子パネル検査が受けられる医療機関には下記の3種類があります(2026年9月1日現在)。

  • □がんゲノム医療中核拠点病院(全国13施設)
  • □がんゲノム医療拠点病院(全国32施設)
  • □がんゲノム医療連携病院(全国259施設)

最寄りの病院は下記のサイトで検索できます。

■「国立がん研究センター がん情報サービス 相談先・病院を探す/地域から病院を探す」

都道府県を選んだ後、「病院の種類から絞る」から「がんゲノム医療拠点病院等」の病院の種類(すべて選択することも可能)を選択し、検索します。

https://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/kyotensearch

保険診療として実施する場合の検査費用の総額は56万円です(2026年9月1日現在)。健康保険の負担割合が1割の場合は5万6000円、2割の場合は11万2000円、3割の場合は16万8000円です。高額療養費制度の対象となる場合もあります。なお、病院によって、初診料・再診料、採血料等がかかる可能性があります。

標準治療終了前に受けられる「先進医療A」

現在、日本で1年間に新たにがんと診断される患者数は約99万3000人です※2。一方で、保険診療によるがん遺伝子パネル検査の対象となっている患者さんは年間2万~3万人※3というのが現状です。

※2: 出典:厚生労働省「2023年全国がん登録罹患数・率報告」による

※3: 出典:国立がん研究センター「がんゲノム情報管理センター (C-CAT) 」に登録された患者さんの総数が2019年から25年までの6年間で約10万例

標準治療が終了(または終了見込み)というタイミングで検査を行っても、すでに体力が低下し、次の治療に進めなくなっている場合も少なくありません。保険適用の条件となっているタイミングの条件の撤廃を求める声はがん関連学会などから上がっており、厚生労働省でも見直しに向けた議論が行われています。

そうした流れを受け、2026年からは進行再発固形がんの患者が標準治療を受けている段階(あるいは治療開始前)で受けられるがん遺伝子パネル検査が先進医療Aの対象となりました(「標準治療終了前におけるがんゲノムプロファイリング検査」)。検査にかかる費用は全額自己負担となります。

自由診療で検査を受けることも可能

自由診療で検査を受けることも可能

保険診療のがん遺伝子パネル検査の条件を満たしていないが検査を受けたい、がんと診断されていてより詳しい検査をしたい、あるいは複数回検査を受けたい、という人は自由診療で検査を受けることが可能です。
例えば下記のような場合、自由診療で検査を受けることは選択肢の一つになるでしょう。

  • □病理組織学的検査によって悪性腫瘍(がん)と診断されている
  • □早期がんやがんの診断直後、手術後の経過観察中など、標準治療が終了していない(終了見込みもない)
  • □過去に保険診療のがん遺伝子パネル検査を受けたことがある
  • □血液がん以外のがん

なお、自由診療といってもいつでも誰でも検査を受けられるわけではなく、がんに罹患しているかどうかを調べる目的では自由診療のがん遺伝子パネル検査を受けられません。

検査費用は医療機関や検査方法によって異なりますが、数十万円から約100万円と全体的に高額です。また、検査結果で保険適用外の分子標的薬が適応すると判断された場合は、治療にも多額の費用を要する可能性があります。

がんに罹患した際、早い段階でがん遺伝子パネル検査を受けることで、自分に適した治療の選択肢が見つかる可能性があります。自分に適した治療を受けて、長く健やかに生きる。そのためにがん遺伝子パネル検査は有意義な検査です。自分自身はもちろん、家族や身近な人ががんと診断された際の選択肢の一つとして知っておくとよいでしょう。

西原 広史 慶應義塾大学医学部教授 がんゲノム医療センター長

医学博士。1995年、北海道大学医学部卒業。1999年、同大学大学院医学研究科博士課程修了。同大学付属病院病理部、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校留学、北海道大学大学院医学研究院特任准教授などを経て、2017年、慶應義塾大学医学部特任教授に就任。2019年より医学部教授。現在はがんゲノム医療センター長。

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